制約に基づく格の文法:「主要辞」なしで生起する格句を正しく予測するため
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福岡言語学会
2003年4月19日(土曜日)
関西外国語大学
古賀弘毅(Hiroki Koga)
E-mail:h-koga@kansaigaidai.ac.jp

本論文(Koga 2001)は、格句が、それを主語や目的語として要求すると言われている動詞などと共起しなくても起こる日本語の現象によって、既存の英語の文法Sag 1997の日本語への応用(たとえば、Manning, Sag, and Iida 1998)を反証し、Koga 2000における同現象の分析を提案する。既存の文法は、格句の意味は、格句を含む直属のより大きな構成素の意味に、その格句の主要辞である動詞などの統語上の結合価の仕様を通じてのみ、反映されると仮定し、Koga 2000はそう仮定していない。本論文の内容はKoga(to be presented, 2003)の内容と要点は同じで、その日本語版である。

1.先行理論にとっての問題
1.1.「主要辞」なしで生起する日本語の格句
格句は、発話(1a)に対して発話された(1B1)のように、たとえば、定形の補文標識「と」の前にあれば、それを補語として要求すると一般に仮定されている動詞や形容詞や名詞と共起する必要はない。
 

(1) A:    hanako-ga        supeingo-wo    sigatu-kara    manab-u.
            Hanako-Nom    puppy-Acc    April-from    learn-Nonpast
    ‘Hanako will learn Spanish from April.’
    B1:    [[doitugo-wo]focussigatu-kara                        ]-to
            [German-Acc    April-from                        ]-Comp [finite]
            sensei-ga        it-ta
            teacher-Nom    say-Past
    ‘The teacher said that (she) (would learn) German from April.’
    B2:    [doitugo-wo     sigatu-kara   manab-u]-to
            [German-Acc   April-from   learn-Nonpast]-Comp [finite]
            sensei-ga     it-ta
    ‘The teacher said that (she) would learn German from April.’
なお、ここで、発話(1B1)では、格句中の目的格の格形式「wo」に音声的な強勢が置かれなければならない。発話(1B1)の引用助詞「と」が後ろに付く動詞「言った」の目的語の節には、動詞が現れていないにもかかわらず、言語外文脈で関連のある動詞「学ぶ」があたかも存在するかのように見なされて、発話(1B1)は、動詞「学ぶ」を明示的に含む発話(1B2)と同値であるかのように解釈される。

1.2.Manning, Sag, and Iida 1998にとっての問題
    既存の英語の文法 Sag 1997 の日本語への応用、たとえば、Manning, Sag, and Iida 1998 は以下の理由からこの現象の分析を受け入れることができない。Manning, Sag, and Iida 1998 では、以下のように、格句「ドイツ語を」の意味はその主要辞の動詞(たとえば、「学ぶ」)の統語的な結合価の仕様だけを通して、その格句を含む次の構成素の意味に反映される。その他の方法では、格句「ドイツ語を」の意味は、その格句を含む次の構成素の意味に反映されない。補語・主要辞句の仕様により、動詞句「ドイツ語を学ぶ」の意味CONTENTは、(2)中のTAG4で示されているように、その主要辞の意味CONTENTと同一物である。動詞(ここでは「学ぶ」)の仕様において、主要辞「学ぶ」の意味CONTENTは、learn-relation で、learned の役割は、TAG6で示されているように、その補語の一番目COMPS|FIRSTのINDEXと同一物であると特定されており、「ドイツ語を」の意味(TAG6)は、これ以外の他のどんな仕様によっても、その次の構成素である動詞句「ドイツ語を学ぶ」の意味(TAG4)に反映されていない。

(2)doitugo-o manabu ‘German-Acc learn-Nonperf’
[HEAD 1]
[SUBJECT 2]
[COMPS 3]
[CONTENT 4]
[NON-HD-DAUGHTER
doitugo-o 5
[HEAD n[[CASE acc][MOD no]]]
[SUBJECT end]
[COMPS end]
[CONTENT
[INDEX 6]
[RESTR <[[RELN German][INSTANCE 6]]>]
]
]
[HD-DAUGHTER
manabu
[HEAD 1 v[[VFORM finite][MOD no]]]
[SUBJECT 2 [HEAD n[CASE nom]][INDEX 7]]
[COMPS
[FIRST 5 [HEAD n[CASE acc]][INDEX 6]]
[REST 3 end]
]
[CONTENT  4learn-relation  [[LEARNER 7][LEARNED 6]]]
]
補語・主要辞句の仕様により、TAG5で示されているように、主要辞「学ぶ」の補語の一番目COMPS|FIRSTと非主要辞「ドイツ語を」とは同一物である。これにより、主要辞「学ぶ」の意味 learn-relation の learned の役割は、非主要辞「ドイツ語を」が持つ指標INDEX、さらには、制限の例RESTR|INSTANCEと同一物となる。
    ここで、(2)とは異なり、発話(1B1)「ドイツ語をと・・・」のように、動詞の「学ぶ」が現れていなくて、目的格句「ドイツ語を」が現れているとしよう。そうすると、「ドイツ語を」の意味[INDEX 6][RESTR <[[RELN German][INSTANCE 6]]>]]は、目的格の格形式のない「ドイツ語」の意味と同じであり、その格句の意味が、その格句を含む次の構成素の意味に反映されるのは、先述したように、その主要辞の統語上の結合価の仕様を通してのみなので、ここで主要辞である動詞が現れていないので、この格句の意味は、次の構成素の意味に反映されないだろう。このように、Sag 1997の項・結合価仮定を削除しない限り、発話(1B1)では、定形の補文標識句「ドイツ語をと」の意味に、「ドイツ語を」の意味を反映させることができない。
    このようにして、既存の英語の文法 Sag 1997 の日本語への応用、たとえば、Manning, Sag, and Iida 1998 は、発話(1A)に対する応答の発話(1B1)によって反証される。

2.「主要辞」なしで生起する格句のKoga 2000における分析
2.1.Koga 2000
    Koga 2000は、格形式「を」が目的格句「ドイツ語を」において意味上どういう働きをするか目的格句の意味において特定している格句の意味がその格句を含む次の構成素の意味に反映されるのは、その主要辞の統語上の結合価の仕様を通してではない。Koga 2000には、付加-項・主要辞句があり、格句と動詞の連結を付加-項・主要辞句と同定する。付加・主要辞句の仕様(Sag1997)と同様に、付加-項・主要辞句の意味は主要辞の意味と同一であり、たとえば、(3)中のTAG11で示されているように、付加-項・主要辞句「ドイツ語を学ぶ」の意味CONTENTは、主要辞「学ぶ」の意味CONTENTと同一である。

(3)doitsugo o manabu
[MAJ  9]
[HEAD 10]
[COMPS 12]
[ARG_ST 11]
[CONTENT 11]
[NON-HEAD-DAUGHTER
doitsugo o
[MAJ 3 k]
[HEAD
[KFORM acc]
[MOD  8
[MAJ 9 v]
[HEAD 10]
[ARG_ST 11
[REL___ACC 
[ARG German’(x___quan)]
[REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0}]
]
]
]
]
[COMPS 5 end]
[ARG_ST 6 -]
[CONTENT 7 no]
[NON-HEAD-DAUGHTER doitsugo 2 ...]
[HEAD-DAUGHTER o ...]
]
[HEAD-DAUGHTER
manabu 8
[MAJ 9 v]
[HEAD 10 [VFORM finite]]
[COMPS 12 end]
[ARG_ST 11]
[CONTENT 11 [ARG learn’(x___nom)(y_acc)]]
]
動詞の仕様(Koga 2000)として、その項構造ARG-STと意味CONTENTは同一であるから、付加-項・主要辞句「ドイツ語を学ぶ」の意味は、その主要辞「学ぶ」の項構造ARG-STと同一である。動詞の仕様として、動詞「学ぶ」の意味CONTENTは、その項ARGの値がlearn'(x___nom)(y___acc) と特定されている。一方、目的格句「ドイツ語を」がどんなものを修飾するかを示すHEAD|MODの値は、ARG-ST | REL_ACC | [ARG German’(x___quan)] [REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0} ] と特定されている。ここで「ドイツ語」は明示的な数量詞がなければ、Barwise & Cooper 1981の一般化された数量詞理論を用いた存在量化された名詞と解釈されている。格に関する分析は、Hale 1982にかなり似ている。付加・主要辞句の仕様(Sag1997)と同様に、付加「ドイツ語を」のHEAD|MODの値と、修飾される動詞「学ぶ」は同一であるから、動詞「学ぶ」は、ARG-ST | REL_ACC | [ARG German’(x___quan)] [REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0} ] を持つ。先述の動詞の仕様により、動詞「学ぶ」の意味CONTENTがREL_ACC | [ARG German’(x___quan)] [REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0} ] を持つことになる。X ^ Y =/= 0は、集合Xと集合Yの共通集合(intersection)は空集合ではないという意味である。このようにして、動詞句「ドイツ語を学ぶ」の意味、つまり、その中の動詞「学ぶ」の意味は、動詞「学ぶ」の語彙における仕様と、目的格「ドイツ語を」がそれが修飾するものに要求する仕様から、分かりやすくまとめると、すぐ以下のようになる。
(4)doitsugo o manabu
[CONTENT 11
[ARG learn’(x___nom)(y_acc)]
[REL___ACC
[ARG German’(x___quan)]
[REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0}]
]
]
先述の付加-項・主要辞句の仕様から、動詞句「ドイツ語を学ぶ」中の動詞「学ぶ」の意味が動詞句「ドイツ語を学ぶ」全体の意味と同一である。すぐ上に表された意味の計算は、Koga 2001を参照して欲しい。

2.2.分析
Koga 2000に、ひとつの統語・意味論の句規則(Koga 2003, to be presented)と、さらに、Pulman 1997の削除された背景動詞の復元によって、「主要辞」なしで生起する格句を正しく予測する。この統語・意味論の句規則は、ある形式Aが、それが修飾するものに持っているよう要求している仕様を、ある形式Bが補語として要求しているものが満たすのであれば、そのふたつの形式の列を句と見なすというものである。たとえば、(5)のように、目的格句「ドイツ語を」は、それが修飾するものが、動詞で、かつ、ARG-ST|REL_ACCが[ARG German’(x___quan)] [REL_QUAN {(X,Y) | X ^ Y =/= 0}]であるように求めており、この条件を、定形の補文標識句「と」が補語として要求しているものが満たす。なぜなら、定形補文標識句「と」は、定形動詞を補語として要求するからであり、さらに、ARG-ST|REL_ACCが[ARG German’(x___quan)] [REL_QUAN {(X,Y) | X ^ Y =/= 0}]となるよう矛盾なく特定しうる。

(5) doitugo o to
[MAJ 1]
[HEAD 2]
[COMPS 3]
[ARG_ST 4]
[CONTENT 5]
[NON-HEAD-DAUGHTER
doitugo o
[MAJ k]
[HEAD
[KFORM acc]
[MOD  6
[MAJ v]
[ARG_ST 7
[REL_ACC
[ARG German’(x___quan)]
[REL_QUAN {(x,y) | x ^ y =/= 0}]
]
]
]
]
[COMPS end]
[ARG_ST -]
[CONTENT no]
]
[HEAD-DAUGHTER
to
[MAJ 1 c]
[HEAD 2
[VFORM finite]
[MOD
[MAJ v]
[ARG_ST [REL_FIN_COMP 7]]
]
]
[COMPS 3
[FIRST 6
[MAJ v]
[HEAD [VFORM finite]]
[ARG_ST 7]
[CONTENT 7]
]
[REST end]
]
[ARG_ST 4 -]
[CONTENT 5 [REL_X no]]
]
そして、(5)に示されているように、句「ドイツ語をと」は、通常のように、動詞を修飾するときに、それが修飾される動詞が項構造ARG-STとして[REL_FIN_COMP 7]]を持ち、さらに、定形補文標識句「と」の仕様により、(5)中のTAG7にあるように、REL_FIN_COMPの値は、補語の意味と同一である。このことから、句「ドイツ語をと」は、それが修飾する動詞がREL_FIN_COMPの値として補語、つまり、定形動詞、「主要辞」であるその動詞が生起していない場合は目的格句の意味を持つように特定する。このようにして、Koga2000とこの新しい句規則とによって、発話(1B1)「ドイツ語をと先生が言った」はすぐ以下の意味を持つと予測する。
(6) doitugo o to sensei-ga itta
[CONTENT
[ARG said’(x___fin_comp)(x___nom)]
[REL_NOM
[ARG teacher’(x___quan)]
[REL_QUAN {(x,y) | x ^ y =/= 0}]
]
[REL_FIN_COMP
[REL_ACC
[ARG German’(x___quan)]
[REL_QUAN {(x,y) | x ^ y =/= 0}]
]
]
]
文脈によらない形式「ドイツ語をと」の意味をこのようにして、Koga 2000と同句規則は予測する。この句規則は、Koga 2001で提案した句規則とは異なり、定形の補文標識「と」の補語要求は飽和されていない。この新しい句規則に加えて、さらに、たとえば、Pulman 1997によって、音声的強勢が置かれている「ドイツ語を」の背景が、つまり、文脈において関連ある動詞「学ぶ」が復元され、「ドイツ語を<学ぶ>と先生が言った」と解釈される。

参照文献: