制約に基づく格の文法:
「補語述語復元」現象
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関西外大言語研究会、2002年6月13日(木曜日)
関西外国語大学 留学生別科
古賀弘毅(Hiroki Koga)
E-mail:h-koga@kansaigaidai.ac.jp

本論文(Koga 2001)は、日本語では、格句が、それを主語や目的語として要求すると言われている動詞などと共起しなくても起こる現象(「補語述語復元」現象)によって、既存の英語の文法Sag 1997の日本語への応用(たとえば、Manning, Sag, and Iida 1998)を反証し、Koga 2000における現象の分析を提案する。既存の文法は、格句の意味は、格句を含む直属のより大きな構成素の意味に、その格句の主要辞である動詞などの統語上の結合価の仕様を通じてのみ、反映されると仮定し、Koga 2000はそう仮定していない。
 

1.先行理論にとっての問題
1.1.補語述語復元現象(Koga 2001)
格句は、発話(1a)に対して発話された(1B1)のように、たとえば、定形の補文標識「と」の前にあれば、それを補語として要求すると一般に仮定されている動詞や形容詞や名詞と共起する必要はない。
 

(1) A:    hanako-ga        supeingo-wo    sigatu-kara    manab-u.
            Hanako-Nom    puppy-Acc    April-from    learn-Nonpast
    ‘Hanako will learn Spanish from April.’
    B1:    [doitugo-wo sigatu-kara                        ]-to
            [German-Acc    April-from                        ]-Comp [finite]
            sensei-ga        it-ta
            teacher-Nom    say-Past
    ‘The teacher said that (she) (would learn) German from April.’
    B2:    [doitugo-wo     sigatu-kara   manab-u]-to
            [German-Acc   April-from   learn-Nonpast]-Comp [finite]
            sensei-ga     it-ta
    ‘The teacher said that (she) would learn German from April.’
発話(1B1)の動詞「言った」の引用助詞「と」が後ろに付く目的語の節には、動詞が現れていないにもかかわらず、言語外文脈で関連性のある動詞「学ぶ」があたかも存在するかのように見なされて、言い換えれば、復元されて、発話(1B1)は、動詞「学ぶ」を明示的に含む発話(1B2)と同値であるかのように解釈される。

1.2.Manning, Sag, and Iida 1998にとっての問題
    既存の英語の文法 Sag 1997 の日本語への応用、たとえば、Manning, Sag, and Iida 1998 は以下の理由からこの現象の分析を受け入れることができない。
    Manning, Sag, and Iida 1998 では、以下のように、格句「ドイツ語を」の意味はその主要辞の動詞(たとえば、「学ぶ」)の統語的な結合価の仕様を通して、その格句を含む次の構成素の意味に反映される。補語・主要辞句の仕様により、動詞句「ドイツ語を学ぶ」の意味CONTENTは、(2)中のTAG4で示されているように、その主要辞の意味CONTENTと同一物である。動詞(ここでは「学ぶ」)の仕様において、主要辞「学ぶ」の意味CONTENTは、learn-relation で、learned の役割は、TAG6で示されているように、その補語の一番目COMPS|FIRSTのINDEXと同一物であると特定されている。

(2)doitugo-o manabu ‘German-Acc learn-Nonperf’
[HEAD 1]
[SUBJECT 2]
[COMPS 3]
[CONTENT 4]
[NON-HD-DAUGHTER
doitugo-o 5
[HEAD n[[CASE acc][MOD no]]]
[SUBJECT end]
[COMPS end]
[CONTENT
[INDEX 6]
[RESTR <[[RELN German][INSTANCE 6]]>]
]
]
[HD-DAUGHTER
manabu
[HEAD 1 v[[VFORM finite][MOD no]]]
[SUBJECT 2 [HEAD n[CASE nom]][INDEX 7]]
[COMPS
[FIRST 5 [HEAD n[CASE acc]][INDEX 6]]
[REST 3 end]
]
[CONTENT  4 learn  [[LEARNER 7][LEARNED 6]]]
]
補語・主要辞句の仕様により、TAG5で示されているように、主要辞「学ぶ」の補語の一番目COMPS|FIRSTと非主要辞「ドイツ語を」とは同一物である。これにより、主要辞「学ぶ」の意味 learn-relation の learned の役割は、非主要辞「ドイツ語を」が持つ指標INDEX、さらには、制限の例RESTR|INSTANCEと同一物となる。
    ここで、発話(1B1)「ドイツ語をと・・・」のように、(2)において動詞の「学ぶ」が現れていなくて、目的格句「ドイツ語を」が現れているとしよう。そうすると、「ドイツ語を」の意味[INDEX 6][RESTR <[[RELN German][INSTANCE 6]]>]]は、目的格の格形式のない「ドイツ語」の意味と同じであり、格形式「を」が目的格句「ドイツ語を」において意味上どういう働きをするか目的格句の意味において分析されていない。さらに、格形式が意味として反映されるのは、先述したように、その主要辞の統語上の結合価の仕様を通してのみである。よって、発話(1B1)では、主要辞が現れておらず、かつ、格形式「を」が目的格句「ドイツ語を」においてどういう働きをするかその意味において分析されていないので、補語述語復元を含む定形の補文標識句「ドイツ語をと」の意味に、「ドイツ語を」の意味を反映させることができない。
    このようにして、既存の英語の文法 Sag 1997 の日本語への応用、たとえば、Manning, Sag, and Iida 1998 は、発話(1B1)によって反証される。

2.補語述語復元現象のKoga 2000における分析(Koga 2001)
2.1.Koga 2000
    Koga 2000の特徴は、格形式「を」が目的格句「ドイツ語を」において意味上どういう働きをするか目的格句の意味において分析されている。格形式が意味として反映されるのは、先述したように、その主要辞の統語上の結合価の仕様を通してではない。Koga 2000では、格句と動詞の連結は付加・主要辞句とされる。付加・主要辞句の仕様(Sag1997)により、付加・主要辞句の意味は主要辞の意味と同一であり、たとえば、(3)中のTAG11で示されているように、付加・主要辞句「ドイツ語を学ぶ」の意味CONTENTは、主要辞「学ぶ」の意味CONTENTと同一である。

(3)doitsugo o manabu
[MAJ  9]
[HEAD 10]
[COMPS 12]
[ARG_ST 11]
[CONTENT 11]
[NON-HEAD-DAUGHTER
doitsugo o
[MAJ 3 k]
[HEAD
[KFORM acc]
[MOD  8
[MAJ 9 v]
[HEAD 10]
[ARG_ST 11
[REL___ACC 
[ARG German’(x___quan)]
[REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0}]
]
]
]
]
[COMPS 5 end]
[ARG_ST 6 -]
[CONTENT 7 no]
[NON-HEAD-DAUGHTER doitsugo 2 ...]
[HEAD-DAUGHTER o ...]
]
[HEAD-DAUGHTER
manabu 8
[MAJ 9 v]
[HEAD 10 [VFORM finite]]
[COMPS 12 end]
[ARG_ST 11]
[CONTENT 11 [ARG learn’(x___nom)(y_acc)]]
]
動詞の仕様(Koga 2000)として、その項構造ARG-STと意味CONTENTは同一であるから、付加・主要辞句「ドイツ語を学ぶ」の意味は、その主要辞「学ぶ」の項構造ARG-STと同一である。動詞の仕様として、動詞「学ぶ」の意味CONTENTは、その項ARGの値がlearn'(x___nom)(y___acc) と特定されている。一方、目的格句「ドイツ語を」がどんなものを修飾するかを示すHEAD|MODの値は、ARG-ST | REL_ACC | [ARG German’(x___quan)] [REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0} ] と特定されている。付加・主要辞句の仕様(Sag1997)により、付加「ドイツ語を」のHEAD|MODの値と、修飾される動詞「学ぶ」は同一であるから、動詞「学ぶ」は、ARG-ST | REL_ACC | [ARG German’(x___quan)] [REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0} ] を持つ。先述の動詞の仕様により、動詞「学ぶ」の意味CONTENTがREL_ACC | [ARG German’(x___quan)] [REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0} ] を持つことになる。X ^ Y =/= 0は、集合Xと集合Yの共通集合(intersection)は空集合であるという意味である。このようにして、動詞「学ぶ」の意味は、動詞「学ぶ」の語彙における仕様と、目的格「ドイツ語を」がそれが修飾するものに要求する仕様から、分かりやすくまとめると、すぐ以下のようになる。
(4)manabu
[CONTENT 11
[ARG learn’(x___nom)(y_acc)]
[REL___ACC
[ARG German’(x___quan)]
[REL___QUAN {(X, Y) | X ^ Y =/= 0}]
]
]
先述の付加・主要辞句の仕様から、動詞句「ドイツ語を学ぶ」中の動詞「学ぶ」の意味が動詞句「ドイツ語を学ぶ」全体の意味と同一である。すぐ上に表された意味の計算は、Koga 2001を参照して欲しい。

2.2.分析
Koga 2000に、ひとつの統語・意味論の句規則「付加先主要辞補語要求飽和句」(Koga 2000の(24))と、さらに、語用論における述語補語復元規則(Koga 2000の(30))とを加えることによって、補語述語復元現象を予測する。
    大雑把に言って、統語・意味論の句規則は、ある形式Aが修飾するものに持っているよう要求している仕様を、ある形式Bが補語として要求しているものが満たすのであれば、そのふたつの形式の列を句と見なすというものである。たとえば、(5)のように、目的格句「ドイツ語を」は、それが修飾するものが、動詞で、かつ、ARG-ST|REL_ACCが[ARG German’(x___quan)] [REL_QUAN {(X,Y) | X ^ Y =/= 0}]であるように求めており、これは、定形の補文標識句「と」が補語として要求しているものが満たす。なぜなら、定形補文標識句「と」は、定形の動詞をほごとしてようきゅうするからであり、さらに、ARG-ST|REL_ACCが[ARG German’(x___quan)] [REL_QUAN {(X,Y) | X ^ Y =/= 0}]となるよう矛盾なく特定しうる。

(5) doitugo o to
[MAJ 1]
[HEAD 2]
[COMPS 3]
[ARG_ST 4]
[CONTENT 5]
[NON-HEAD-DAUGHTER
doitugo o
[MAJ k]
[HEAD
[KFORM acc]
[MOD  6
[MAJ v]
[ARG_ST 7
[REL_ACC
[ARG German’(x___quan)]
[REL_QUAN {(x,y) | x ^ y =/= 0}]
]
]
]
]
[COMPS end]
[ARG_ST -]
[CONTENT no]
]
[HEAD-DAUGHTER
to
[MAJ 1 c]
[HEAD 2
[VFORM finite]
[MOD
[MAJ v]
[ARG_ST [REL_FIN_COMP 7]]
]
]
[COMPS
[FIRST 6
[MAJ v]
[HEAD [VFORM finite]]
[ARG_ST 7]
[CONTENT 7]
]
[REST 3 end]
]
[ARG_ST 4 -]
[CONTENT 5 [REL_X no]]
]
そして、(5)に示されているように、句「ドイツ語をと」は、通常のように、動詞を修飾するときに、それが修飾される動詞が項構造ARG-STとして[REL_FIN_COMP 7]]を持ち、さらに、定形補文標識句「と」の仕様により、(5)中のTAG7にあるように、REL_FIN_COMPの値は、補語の意味と同一である。このことから、句「ドイツ語をと」は、それが修飾する動詞がREL_FIN_COMPの値として補語、つまり、定形動詞、補語述語現象の場合は目的格句の意味を持つように特定する。このようにして、Koga2000と「付加先主要辞補語要求飽和句」とによて、発話(1B1)「ドイツ語をと先生が言った」はすぐ以下の意味を持つと予測する。
(6) doitugo o to sensei-ga itta
[CONTENT
[ARG said’(x___fin_comp)(x___nom)]
[REL_NOM
[ARG teacher’(x___quan)]
[REL_QUAN {(x,y) | x ^ y =/= 0}]
]
[REL_FIN_COMP
[REL_ACC
[ARG German’(x___quan)]
[REL_QUAN {(x,y) | x ^ y =/= 0}]
]
]
]
文脈によらない形式「ドイツ語をと」の意味をこのようにして、Koga 2000と同句規則は予測する。最後に、語用論において、補語述語復元規則(Koga 2000の(30))により、意味CONTENT中の値において、REL_FIN_COMPの直属の値で、ARG値がないときは、ARG値として、n項述語、n=0,1,2、…を入れていいのであるから、語用論において、(6)中のREL_ACC値と並列して、[ARG R(x_nom) or R(x___nom)(y___acc) or R]をいれてよい。こうして、「ドイツ語をと先生が言った」は、語用論において、Rが文脈において関連性ある動詞だとして、「ドイツ語をRと先生が言った」、たとえば、Rが「学ぶ」であれば、「ドイツ語を学ぶと先生が言った」と解釈される。

参照文献: