第3章 位置格の格形式
[Go Back to Home]

1)位置格「に」(=後置詞「へ」と置換可能でないもの)と後置詞「で」との違い
    「に」がついている名詞句は(40)から(43)のように場所を記述し、「で」が付いている名詞句も(44)から(45)のように場所を記述するが、その場所で何がどうするかという点から、「で」と「に」が統語または意味の上でどのような働きをしているかを考えよう。

(40) 部屋 子どもが いる。
(41) 学校 木が ある。
(42) 子どもが 机 おはぎを 入れる。
(43) 子どもが 植物園 おはぎを あげる。
(44) 台所 子どもが おはぎを 食べる。
(45) 台所 おはぎが ふくれる。
(筆者の日本語教育の経験でも、このふたつを区別できず、(40)を意図しているときに、「部屋子どもがいる」と言ったり、(44)を意図しているのに、「台所こどもがおはぎを食べる」と言ったりする日本語学習者が多い。)
    まず、「で」の意味と、「に」の意味を以下のように暫定的に提案する。なお、必要に応じて、修正する。
(46)ある名詞句に「で」が後ろからつけば、その名詞句は、その「で」句が修飾する動詞自体が記述する出来事が起こる場所を記述する。
(47)    a.    ある名詞句に「に」が後ろからつけば、その名詞句は、その「に」句が修飾する動詞の記述する関係(=述語)の項に目的語の項があれば、その目的語が記述するものが存在する場所(その目的語が記述するものの位置)だけを記述する。(後に(47a)は(58a)と修正される)
            b.    ある名詞句に「に」が後ろからつけば、その名詞句は、その「に」句が修飾する動詞の記述する関係(=述語)の項に目的語の項がなければ、主語が記述するものが存在する場所(主語が記述するものの位置)だけを記述する。(後に(47b)は(58b)と修正される)
(節(47a)と節(47b)のように、「に」の働きを記述するのには、動詞を述語論理で表現するので十分である。たとえば、x が eater を示し、y が eatee を示すと仮定したら「食べ」という動詞が tabe'(x)(y) のように2変数命題関数で、二つの項の間に「食べ」という関係があれば、この関数は真である。この場合、世界では、たとえば、「食べ」の意味は {<taro, ohagi>, <taro, sushi>, <hanako, ramen>}というように順序対の集合として表される。たとえば、このような世界では、文「次郎がおはぎを食べる」は、<jiro, ohagi> is not a member of  {<taro, ohagi>, <taro, sushi>, <hanako, ramen>} なので、偽である。世界のあり方の記述はたとえばChierchia and McConnell-Ginet 2000: 111を参照して欲しい。一方、「で」の働きを記述するには、節(46)のように、動詞を述語論理で表現するのでは不十分で、動詞が出来事を記述すると考えなければならない。たとえば、xがeventを示し、yがeaterを示し、zがeateeを示すとして、「食べ」の意味は、tabe'(x)(y)(z) のように3変数命題関数である。この場合、世界では、たとえば、「食べ」の意味は {<eat1, taro, ohagi>, <eat65, taro, sushi>, <eat12, hanako, ramen>} where the first element is the event, the second element is its SUBJECT, and the third element is its OBJECT というように3要素順列の集合として表される。たとえば、このような世界では、文「次郎がおはぎを食べる」は、there is some event described by 'eat' such that the SUBJECT role is played by jiro and the OBJECT role is played by ohagi i.e., jiro eats ohagi  という意味で、この文は偽である。世界のあり方の記述では、出来事が世界に存在しているというのが加えられている。)
    文(48a)から文(52b)を見ると、上記(46)と(47)の記述が真であることが分かる。たとえば、文(48a)のように、「に」の付いている名詞「机」は、入れるという述語の目的語の項、つまり、おはぎが存在する場所であり、一方、文(48b)のように、「で」の付いている名詞「机」は、入れるという述語の動詞自体が記述する出来事の起こる場所である。文(48b)では、たとえば、机で、おはぎを、机のそばのフックにかけたかばんに入れるということが可能であり、目的語のおはぎが存在する場所は机とは限らない。
(48)    a.    子どもが 机 おはぎを 入れる。
            b.    子どもが 机 おはぎを 入れる。
(49)    a.    子どもが 植物園 おはぎを あげる。
            b.    子どもが 植物園 おはぎを あげる。
(50)    a.    その不動産屋は 北海道 土地を 買った。
            b.    その不動産屋は 北海道 土地を 買った。
(51)    a.    ここ 名前を 書いて ください。
            b.    ここ 名前を 書いて ください。
(52)    a.    ブランコが 学校 ある。
            b.    運動会が 学校 ある。
文(53a)と(53b)を見ても、上記(46)と(47)の「に」と「で」の記述が真であることが分かる。飲み屋街は、文法上、動詞「いる」の述語の主語を記述する猫が存在するところであり、都会は、飲み屋街に猫がいるという出来事の起こる場所である。
(53)    a.    都会 飲み屋街 猫が いる。
            b.    都会は 飲み屋街 猫がいて、驚いた。
語列(54)を見ても、上記(47a)と(47b)が真であることが分かる。節(47a)と(47b)から、言語において、主語の位置と目的語の位置を両方特定するような動詞はひとつもないということになる。つまり、上記(47a)と(47b)から一つの節の中に「に」句は一つしか現れることができない。語列(54)では、おはぎの存在する場所が部屋で、子どもが存在する場所が部屋であるとは解釈されない。
(54)    *heya ni kodomo ga heya ni ohagi wo oku
    文(55a)と文(55b)との対照、および、文(56a)と文(56b)との対照は、似ている意味を持つ動詞で、「に」句と共起するのは、その動詞の主語の記述するものの位置を要求する動詞で、「で」句と共起するのは、それがない動詞である。
(55)    a.    洋子は スーパー 勤める。
            b.    洋子は スーパー 働く。
(56)    a.    洋子は 北海道 住んでいる。
            b.    洋子は 北海道 暮らしている。
    文(57a)は、文(57b)のように、英語で言うと from と翻訳される部分に、英語の to であたる「に」がある理由がわからないなど、外国人の日本語学習者も理解しがたい。文(57b)と対照させて文(57a)を見ると、「に」の記述(47a)も(47b)も修正が必要であることがわかる。なぜなら、文(57a)は、借りるの目的語として文法上働いている本が借りた後、位置する場所ではなく、借りる前に本が存在する場所であるのに、記述(47a)は、目的語に当たるものがその出来事の前に存在するのか、後に存在するのかを特定していないからだ。
(57)    a.    太郎が 次郎 本を 借りる。
            b.    太郎が 次郎から 本を 借りる。
さらに、借りた後には、目的語に当たる本は主語に当たる部分に存在しているので、記述(47b)を少し修正し(58b)に、(47a)を大幅に(58a)に、以下のように修正する。
(58)    a.    ある名詞句に「に」が後ろからつけば、その名詞句は、その「に」句が修飾する動詞の記述する関係(=述語)の項に目的語の項があれば、すぐ以下の場合を除いて、その目的語が記述するものが、その動詞自体が記述する出来事の結果、存在する場所(その目的語が記述するものの出来事の結果の位置)だけを記述する。もし主語が、出来事の結果、その目的語の記述するものが存在する場所(位置)を記述するのであれば、「に」句は、出来事の起こる前に、その目的語の記述するものが存在する場所(位置)を記述する。
            b.    ある名詞句に「に」が後ろからつけば、その名詞句は、その「に」句が修飾する動詞の記述する関係(=述語)の項に目的語の項がなければ、その動詞自体が記述する出来事の結果、主語が記述するものが存在する場所(主語が記述するものの位置)だけを記述する。
下線部分が追加された個所である。「に」の働きを記述するのに、節(58)のように、動詞が出来事を記述すると考えなければならないようである。
    文(59)と(60)を見ても、「に」の記述(58)が真であることが分かるだろう。文(59)では、使役形 (s)ase の目的語がそれの補語の動詞基の動詞であると仮定すると、「に」句は使役の結果、「走r」という出来事が存在する場所、次郎、を記述しており、文(60)では、受身 (r)are) の目的語がそれの補語の動詞基の動詞であると仮定すると、受身の結果「殴r」という出来事が存在する場所は主語の記述するところなので、「に」句は、受身の起こる前に、「殴r」という出来事が存在する場所を記述している。
(59)太郎が 次郎 走らせる。
                                hasir    -aseru
(60)太郎が 次郎 殴られる。
                                nagur    -areru


2)「に」が格形式であるかどうか
    「に」は、現象によって、「が」や「を」と同様に、格形式の性質を持ったり、あるいは、「から」や「で」と同様に、後置詞の性質を持ったり、あるいは、それらの両方の性質を持ったりする。言語学者の間でも、「に」を格形式とするかどうかについては見解が分かれる。日本語教師にとっては、「に」がそれぞれの現象についてどちらの性質を持っているかを自分で議論し、判断できるようになることが大事である。
    まず、「に」は、その補語の名詞句(その他、文)の意味によって、その「に」句が修飾する動詞の意味(=述語)における項(主語か目的語かどちらか一方)の存在する位置を特定する。「に」のついた名詞が何かの存在する位置を特定するという点で、後置詞の性質を持っており、述語の項について特定するという意味で、格形式の性質をもっている。
   受身文と能動文との対応などについては、「頼る」という動詞の「に」は、文(60)と文(61)から、格形式の性質を持っており、「ある」という動詞の「に」は、文(62)に対して語列(63)が変に聞こえるということから、格形式と後置詞の中間にあると言えるが、「会う」という動詞の「に」は文(64)に対して語列(65a)も語列(65b)も適切な文ではないことから、格形式の性質を持っていないようである。

(60)太郎が 父 頼る
(61)父 太郎に 頼られる
                            tayor-areru
(62)toshokan ni hon ga aru
(63)?toshokan ga hon ga aru
(64)太郎が 父 会う
(65a)*父 太郎に 会われる
                                  aw-areru
(65b)*父にが 太郎に 会われる
                                      aw-areru
もし 「頼る」の「に」が文法関係を特定すること以外の意味を持っていて、文(60)で、「頼る」の目的語が「父」という意味をあらわしているのであったら、たとえば、文(61)で、「に」がなくて「が」と「areru」の働きだけで、たとえば、「ni-ga」のようにならないで、「父」が「頼る」の主語となっている事実を説明できない。その他の「を」を取らずに「に」を取る動詞について、受身文と能動文との対応などについては、自分でひとつひとつ議論し、どういう性質を持つか判断してほしい。目的格を取る動詞のその目的格の存在位置を特定する「に」は、文(66)に対して文(67)が適切な文であり、文(68)に対して文(69)が適切な文であることから、格形式の性質を持つようである。
(66) kodomo ga ohagi wo inu ni ataeru
(67) inu ga ohagi wo atae-rareru
(68)太郎が 花子 電話を かける
(69)花子 太郎に 電話を かけられる
                                            kake-rareru
その他の「を」と「に」を取る動詞について、受身文と能動文との対応などについては、自分でひとつひとつ議論し、どういう性質を持つか判断してほしい。
    「に」は、提題文に関する現象からは、格形式の性質を持ち、かつ、後置詞の性質を持つと言える。たとえば、文(70)に対応して、文(71a)と文(71b)のように、文(72)に対して、文(73a)と文(73b)のように、文(74)に対して、文(75a)と文(75b)のように、「に」だけが名詞についた文の真偽条件的な意味は、その「に」を「は」に置き換えた文の真偽条件的な意味と同じであり、さらに、その「に」を「には」に置き換えた文の真偽条件的な意味とも同じである。
(70) kodomo ga ohagi wo inu ni ataeru
        'A child gives ohagi to a dog.'
(71)    a.    inu wa kodomo ga ohagi wo ataeru
                    'Talking about dogs, a child gives them ohagi.'
            b.    inu ni wa kodomo ga ohagi wo ataeru
                    'Talking about dogs, a child gives them ohagi.'
(72) カーペットを 居間 敷く
        'A child gives ohagi to a dog.'
(73)    a.    居間 カーペットを 敷く。
                    'Talking about dogs, a child gives them ohagi.'
            b.    居間には カーペットを 敷く
                    'Talking about dogs, a child gives them ohagi.'
(74) toshokan ni hon ga aru
        'There is ohagi in the library.'
(75)    a.    toshokan wa hon ga aru
                   'Talking about the library, there is a book there.'
            b.    toshokan ni wa hon ga aru
                   'Talking about the library, there is a book there.'
  「に」は、言語習得の現象についても格形式「を」と似ている。 私が教えている学生で、子どものとき、語(76)を「蚊」の意味で使用した。
(76) kani
これは、(77a)のような大人の発話を聞き、これを、文法関係だけの働きしかない格形式 /ni/ など思いもよらず、(77b)のように、/kani/ で一つの内容語として捉えていると考えられるだろう。
(77)     a. ka ni sasareru
             b. kani sasareru
このコースでは、「に」を格形式としておく。

3)文法発展2:位置格の格形式「に」
    日本語文法2が「に」句を含む文によって反証されることは、日本語文法2が「に」を単語としてさえ持たないことから、明らかである。このセクションでは、「に」句を含む文(たとえば、文(78)や文(79))と後置詞句を含む文(たとえば、文(80))を正しく文であると予測するような日本語文法を考える。

(78)    heya ni kodomo ga iru
(79)    kodomo ga heya ni ohagi wo oku
(80)    heya de kodomo ga ohagi wo taberu
文(80)の /heya de/ を説明するのに、後置詞句は出来事を記述し、かつ、日本語の後置詞句は動詞としか共起しない(たとえば、「日本サッカーの試合」は名詞ではなく、「日本でのサッカーの試合」は名詞である)と考え、日本語文法で後置詞句と文がこの順で並んだら、その列はさらに文であるという規則(s -> pp s)を使うことが考えられる。語列(81)は、子どもの位置する場所が部屋で、おはぎが位置する場所が部屋であるは解釈されない。
(81)    *heya ni kodomo ga heya ni ohagi wo oku
このことと文(78)と文(79)を説明するのに、位置格句は一つの文の中に一つしか生起できなくて、文にひとつ現れたら、それは、目的語か主語かどちらか一方だけの位置を特定すると考える。これを予測するように、以下のように考える。1)他動詞と位置格と他の何か(たとえば、目的格句)との3つが列をなし、それが、動詞句となる(vp -> locp accp vt)。2)動詞句はさらに位置格と共起しないように、主格句と動詞句が列をなせば、それは文となり(s -> nomp vp)、s -> locp nomp vp を規則としない。3)位置格が自動詞と共起し、位置格と主格句と自動詞との3つがこの順で列をなせば、文となる(s -> locp nomp vi)。これらの考えを明示化したのが、以下の日本語文法、日本語文法3である。
(82)    日本語文法3
規則1:    s -> pp s    %A postpositional phrase describes the event.
規則2:    s -> nomp vi
規則3:    s -> locp nomp vi    %The locative noun describes the location of subject of the verb.
規則4:    s -> nomp vp
規則5:    vp -> locp accp vt    %The locative noun describes the location of object of the verb.
規則6:    vp -> accp vt
規則7:    nomp -> n nom
規則8:    accp -> n acc
規則9:    locp -> n loc
規則10:    pp -> n p
規則11:    nom -> ga
規則12:    acc -> wo
規則13:    loc -> ni
規則14:    p -> de
規則15:    p -> kara
規則16:    n -> kodomo
規則17:    n -> ohagi
規則18:    n -> heya
規則19:    n -> oosaka
規則20:    vi -> hukureru
規則21:    vi -> iru
規則22:    vt -> taberu
規則23:    vt -> oku
この統語論と同時に、(46)と(58a)と(58b)の位置格および後置詞の意味分析があると考える。なお、このコースでは意味記述の形式化を行わない。
    日本語文法3は以下のように正しい予測を産む。日本語文法3は語列(83)(=(79))によって反証されない。樹形図(84)のように、日本語文法3はこの語列を文であると予測する。
(83)    kodomo ga heya ni ohagi wo oku
(84)s,4
        nomp,7                 vp,5
                                   locp,9            accp,8              vt,23
        n,16        nom,11    n,18    loc,13    n,17    acc,12
        kodomo   ga           heya ni ohagi   wo        oku
母国語話者もこの語列を文であると判断する。よって、この語列によって、日本語文法3は反証されない。第2章(授業#2)において、語列 kodomo ga ohagi wo taberu は文であると予測されたように、日本語文法3でもこの語列は文であると予測される。さらに、日本語文法3の規則1と規則10などにより、語列(85)(=(80))heya de kodomo ga ohagi wo taberu は、(86)のように文であると予測される。
(85)    heya de kodomo ga ohagi wo taberu
(86)   s,1
           pp,10            s
           n,18    p,14    /|
           heya de     kodomo ga ohagi wo taberu
これは、母国語話者のこの語列が文であるとの判断と矛盾しないので、日本語文法3はこの語列によって、反証されない。日本語文法3は、語列(87)(=(81))を文ではないと予測する。
(87)    *heya ni kodomo ga heya ni ohagi wo oku
(88)         locp         nomp        vp
              *heya    ni kodomo ga heya ni ohagi wo oku
これは、母国語話者のこの語列が文ではないと判断することと矛盾しない。よって、日本語文法3はこの語列によって反証されない。日本語文法には、たとえば、位置格句と主格句と動詞句(自動詞ではない)がこの順をなしたとき、それを文であるとするような規則がないからである。