第2章 目的格の格形式
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1)主格形式、目的格形式、位置格形式を一方とした格形式と、句になったら動詞を修飾する後置詞(「から」や「で」)との違い
    格形式は、その補語の名詞句(その他、後置詞句や非定形補文標識句)の意味と、その格句が修飾する動詞の意味(=述語)との文法関係を特定し、かつ、特定するだけで、それ以外の意味を持っていない。
    ここで、述語論理では、述語(動詞の意味)は、2つ以上の数の項の関係か、一つの項の性質か、あるいは、項のない命題、つまり、n変数命題関数(n = 0, 1, 2, 3, ...)である。たとえば、neru という動詞の意味、述語 neru'(x) は、1変数命題関数である。たとえば、neru'(x) は 変数 x の値によって、真であったり、偽であったりする。たとえば、x = tarou' であるとき、与えられた世界において、tarou' が neru' という性質を持つ、つまり、太郎という名前の指示する個が寝るのであれば、その1変数命題関数 neru' (x) は真である。
    動詞の意味の述語論理における直前の定義を使うと、格の働きは次のように記述される。格は、その補語の名詞句(その他、後置詞句や非定形補文標識句)の意味が、その格句が修飾する動詞の意味(=述語)のどの項を記述するかを特定し、かつ、特定するだけで、それ以外の意味を持っていない。さらに詳しい格の形式意味論における働きを知りたい場合は、Koga 2000 を見て欲しい。
    格形式は文法関係を特定する(あるいは、述語のどの項とリンクさせるかを指定する)以外の意味を持っていないと考えることで、文(17)と文(18)の対照、及び、文(19)と文(20)の対照を以下のように説明できる。もし /ga/ が文法関係を特定すること以外の意味を持っていて、文(17)で、neru' の主語が kodomo' という意味をあらわしているのであったら、たとえば、文(18)で、「ga」がなくて「wo」と「saseru」の働きだけで、たとえば、「ga-wo」のようにならないで、kodomo' が neru' の主語となっている事実を説明できない。

(17) kodomo ga neru
(18) kodomo wo ne-saseru
同様に、もし /wo/ が文法関係を特定すること以外の意味を持っていて、文(19)で、taberu' の目的語が ohagi' という意味をあらわしているのであったら、たとえば、文(20)で、「wo」がなくて「ga」と「rareru」の働きだけで、たとえば、「wo-ga」のようにならないで、ohagi' が taberu' の目的語となっている事実を説明できない。
(19) kodomo ga ohagi wo taberu
(20) ohagi ga tabe-rareru
    一方、後置詞は、その補語の名詞(その他、後置詞句や非定形補文標識句)の意味と、その句が修飾する動詞との文法的な関係以外の意味的な関係(述語的な意味、たとえば、/kara/ は from )を持っている。文(21)におけるように、/kara/ が文法関係を特定すること以外の意味を持っているので、たとえば、文(22a)で、「ga」と「areru」の働きだけで、文(21)中における 50 peezi' と yom' の関係 from' を表せない。文(22b)のように、「kara」を表さなければならない。
(21) kodomo ga 50 peezi kara yomu
        'A child reads from p. 50.'
(22) a.    #50 peezi-ga yom-areru
                'From p. 50 is read.'
         b. 50 peezi-kara-(ga) yom-areru
                'From p. 50 is read.'
  格形式と後置詞の違いは、その他、言語のいろいろな現象に関係している。たとえば、文(23)に対応して、文(24)のように、また、文(25)に対して、文(26)のように、名詞についた提題詞 wa を含む文があった場合、その文の真偽条件的な意味は、提題詞を主格、あるいは、目的格に置き換えた対応する文の真偽条件的な意味と同じである。
(23) kodomo ga neru
        'A child sleeps.'
(24) kodomo wa neru
        'Talking about children, they sleep.'
(25) kodomo ga ohagi wo taberu
      'A child eats ohagi.'
(26) ohagi wa kodomo ga taberu
       'Talking about ohagi, children eat it.'
    一方、たとえば、後置詞 kara を含む文があった場合、文(27)に対応して、文(28a)のように、また、名詞についた提題詞 wa を含む文があった場合、その文の真偽条件的な意味は、提題詞を後置詞 kara に置き換えた対応する文の真偽条件的な意味とは同じではない。
(27) kodomo ga 50 peezi kara yomu
        'A child reads from p. 50.'
(28) a.    #50 peezi-wa kodomo ga yomu
                'Talking about from p. 50, a child reads there.'
         b. 50 peezi-kara-wa kodomo ga yomu
                'Talking about from p. 50, a child reads there.'
後置詞 kara を含む文(27)は、後置詞の後ろに提題詞 wa を付けた文(28b)と真偽条件上同じ意味を持つ。その他、数詞プラス分類詞(単位を表す)(「子どもが本を3冊読んだ」中の「3冊」)が主格句か目的格句の数量しか特定しない現象や、「子どもの本の50ページからの読み方はよかった」中の「動詞〔現在分詞〕+かた(方)」句と「子どもが本を50ページから読んだ」との対応など、関連する現象がたくさんある。
  格形式と後置詞の違いは、その他、言語習得の現象としても現れるようである。子どもの言語習得にも格形式が意味を持たないため、この習得には時間がより多くかかるようである。子どもは語(29)を「蚊」の意味で使用した。
(29) kaga
これは、(30a)のような大人の発話を聞き、これを、文法関係だけの働きしかない格形式 /ga/ など思いもよらず、(30b)のように、/kaga/ で一つの内容語として捉えている。
(30)     a. ka ga tonde iru
             b. kaga tonde iru
後置詞に関して、私は、対応する言語習得の現象を聞いたことがない。

2)日本語文法2:目的格形式「を」
    日本語文法1が、たとえば、語列(31)を文であるとは予測しないことを確認しよう。ところが、母国語話者は、語列(31)を文であると判断する。日本語文法1は語列(31)により反証される。

(31) kodomo ga ohagi wo taberu
    では、語列(31)を文であると予測し、かつ、語列(32)を文ではないと予測するような文法をひらめき創らなければならない。
(32) *kodomo ga ohagi wo hukureru


文法の中心的な考えは、自動詞 intransitive verb (vi) と他動詞 transitive verb (vt) との違いがあるということであり、自動詞は目的格句と共起せず、他動詞は目的格句と共起するという点である。
    次のような日本語文法を日本語文法2として提案する。規則4と5にあるように、動詞を自動詞(vi)と他動詞(vt)に分けている。規則1は、主格句(nomp)と自動詞(vi)とがこの順で列をなしたら、文(s)をなすとしている。規則3は、目的格句(accp)と他動詞(vt)とがこの順で列をなしたら、動詞句(vp)をなすとしている。規則2によって、主格句(nomp)と動詞句(vp)とがこの順で列をなしたら、文(s)になる。この文法では、自動詞は動詞句を作ることはない。

(33)日本語文法2
    規則1:    s -> nomp vi
    規則2:    s -> nomp vp
    規則3:    vp -> accp vt
    規則4:    vi -> hukureru
    規則5:    vt -> taberu
    規則6:    nomp -> n nom
    規則7:    accp -> n acc
    規則8:    nom -> ga
    規則9:    acc -> wo
    規則10:    n -> kodomo
    規則11:    n -> ohagi
    では、日本語文法2が語列(5)、語列(32)、語列(31)について正しく予測するかどうかを試験してみよう。(35)のようにして、日本語文法2は語列(5)(=(34))を文であると予測する。
(34)(=(5)) kodomo ga hukureru
(35)    s, 1
            nomp, 6                     vi, 4
            n, 10        nom, 8
            kodomo    ga              hukureru
これは、この語列を文であるという母国語話者の判断と矛盾しないので、日本語文法2はこの語列によって、反証されない。(37)のようにして、日本語文法2は、語列(32)(=(36))を文ではないと予測する。
(36)(=(32)) *kodomo ga ohagi wo hukureru
(37)    nomp, 6                     accp, 7                    vi, 4
            n, 10        nom, 8        n, 11    acc, 9
            kodomo    ga              ohagi    wo               hukureru
たとえば、どの規則も目的格句(accp)と自動詞(vi)との列があったときに、文(s)により近い高次のカテゴリーとするという規則がなく、あるいは、主格句(nomp)と目的格句(accp)と自動詞(vi)というれつがあったらそれを文(s)により近い高次のカテゴリーとするという規則がないからである。この予測は、この語列を文としない母国語話者の判断と矛盾しないので、日本語文法2はこの語列によって、偽とされない。(39)のようにして、日本語文法2は、語列(38)(=(31))を文であると予測する。この語列では、taberu が他動詞(vt)であるから、目的格句(accp)と他動詞(vt)とが列をなし、動詞句(vp)をなし、さらに、主格句(nomp)と動詞句(vp)とが列をなし、文(s)をなすからである。
(38)(=(31))kodomo ga ohagi wo taberu
(39)    s, 2
            nomp, 6                     vp, 3
                                            accp, 7                    vt, 5
            n, 10        nom, 8        n, 11    acc, 9
            kodomo    ga              ohagi    wo               taberu
この予測は、この語列を文であるとする母国語話者の判断と矛盾しないので、日本語文法2はこの語列によって、反証されない。