第2章 格形式と後置詞
[Go Back to Home]
1.格形式
1.1.主格の格形式「が」
    格形式は、その補語の名詞句(その他、後置詞句や非定形補文標識句)の意味と、その格句が修飾する動詞の意味(=述語)との文法関係を特定し、かつ、格形式は、それ以外の機能や意味を持たない。第1章で学んだように、日本語では「が」が主格(nominative)の格形式(case form)である。このことと、日本語文法の意味論1とから導かれるように、(1)−(5)のように、主格の格形式「が」(ボールドの部分)がすぐ後に続いている名詞句(赤字の部分)は、その格句が修飾する述語(青字の部分)の主語である。
(1)    その図書館待ち合わせの場所だ
(2)    その図書館静かだった
(3)    その図書館研究にふさわしかった
(4)    その図書館倒れた
(5)    その図書館学生達を驚かした
「主語」と「目的語」について第1章の最後のコラムで解説したように、主語は、その動詞が記述する行為(action)の行為者(actor)か、述語的名詞-繋辞か述語的形容詞-繋辞かが記述する状態(state)の題目(theme)を記述する。(4)では、主語「その図書館」は、「倒れる」という行為(action)の行為者(actor)、ここでは、その立っていて、横になるものを記述する。(5)では、主語「その図書館」は、「驚かす」という行為(action)の行為者(actor)、ここでは、他人において「びっくり」という感情を引き起こす原因となるそのものを記述する。主語「その図書館」は、(1)では、述語的名詞-繋辞「待ち合わせの場所だった」が記述する状態(state)の題目(theme)を、この状態では、ある人とある人が待って会う場所であるそのものを記述し、(2)では、述語的形容詞-繋辞「静かだった」が記述する状態(state)の題目(theme)を、この状態では、大きな音を立てないそのものを記述し、(3)では、述語的形容詞-繋辞「ふさわしい」が記述する状態(state)の題目(theme)を、この状態では、(ある目的や状況や時間に)正しいかぴったりであるそのものを記述する

1.2.目的格の格形式:「を」
    日本語では「を」が目的格(accusative)の格形式(case form)である。後に日本語文法の意味論において特定するが、目的格の格形式「を」(ボールドの部分)がすぐ後に続いている名詞句(赤字の部分)は、(6)−(8)のように、その格句が修飾する述語(青字の部分)の目的語である

(6)    子どもがその図書館選ぶ
(7)    学生が昼にその図書館通る
(8)    学生がその図書館好きだ
「主語」と「目的語」について第1章の最後のコラムで解説したように、目的語は、その行為(action)を経るもの、つまり、その行為がなされる対象(undergoer)を記述する。(6)では、目的語「その図書館」は、「選ぶ」という行為(action)を経るもの、その行為がなされる対象(undergoer)を記述し、この場合、(その人が)欲しいもののひとつとして決めたものを記述する。(7)では、目的語「その図書館」は、「通る」という行為(action)を経るもの、その行為がなされる対象(undergoer)を記述し、この場合、通過するところや道を記述する。(8)では、目的語「その図書館」は、述語的形容詞-繋辞「好きだ」という行為(action)を経るもの、つまり、その行為がなされる対象(undergoer)を記述し、それが(主語で表されるものの)気に入って、その人の心が向かうものを記述する
    与格・位置格については、第3章で議論する。

1.3.格形式に関する日本語学習者のよくある誤解
    サブセクション1.1−1.2の文(1)−(8)のように、格形式によって文法関係が決まるというところは、外国人学習者がなかなか習得できない点である。よくある学生の誤解は以下のようなものである。
    外国人の日本語学習者は、修飾する動詞の前にある格句の語順が、格の取っている名詞句のその述語に対する文法関係を決めるという誤解があり、'Children will sleep'を意味して文(9)を正しく発し、'Children will eat ohagi'を意味して、正しく文(10)を発したり、間違って語列(11)を発したりする。

(9)    kodomo ga neru.
        'Children will sleep.'
(10)    kodomo ga ohagi wo taberu.
            'Chidren will eat ohagi.'
(11)    #kodomo wo ohagi ga taberu.
            'Children will eat ohagi.'
格形式を無視すれば、動詞の前に、規則正しく、主語、目的語の語順にどの語列も並んでいる。ところが、実際は、語順ではなく、格形式によって、語列(11)は、'Ohagi will eat children'の意味を持つ。
    外国人の日本語学習者は、修飾する動詞の前にある格句中の名詞句の意味が、格の取っている名詞句のその述語に対する文法関係を決めるという誤解があり、'Children will sleep'を意味して正しく文(12)を発し、'Children will eat ohagi'を意味して、正しく文(13)を発したり、間違って、語列(14)を発したりする。
(12)    kodomo ga neru.
           'Children will sleep.'
(13)    kodomo ga ohagi wo taberu.
            'Chidren will eat ohagi.'
(14)    #ohagi ga kodomo wo taberu.
            'Children will eat ohagi.'
格形式も語順も無視すれば、動詞の前に、その主語や目的語としての可能性がある「おはぎ」や「子ども」が現れている。ところが、実際は、名詞の意味ではなく、格形式によって、語列(14)は'Ohagi will eat children'の意味を持つ。
    日本語学習の初期の段階で、文(15)と、その格句の語順を換えた文(16)とは、真偽条件上の意味では違いはないことを十分理解すべきである。
(15)    kodomo ga ohagi wo taberu
            'Children will eat ohagi.'
(16)    ohagi wo kodomo ga taberu
            'Children will eat ohagi.'
さらに、たとえ話者の意図が 'Children will eat ohagi' であっても、語列(17)を発すれば、それは 'Ohagi will eat children' を意味し、その格句の語順を換えた語列(18)も 'Ohagi will eat children' をすることを日本語学習者に伝えるべきである。
(17)    ohagi ga kodomo wo taberu
            'Ohagi will eat children.'
            意図:'Children will eat ohagi.'
(18)    kodomo wo ohagi ga taberu
            'Ohagi will eat children.'
            意図:'Chilren will eat ohagi.'
このように、日本語では、格句が修飾する述語に対して、名詞句がそのどの項を特定するかという文法関係は格形式によって決まるのである。

2.格形式(「が」と「を」)と後置詞(たとえば「から」)との違い
2.1.対応する受身型の違い
    格形式は、文法関係を特定する(あるいは、述語のどの項とそれの補語の名詞句をリンクさせるかを指定する)以外の意味を持っていないと考えることで、文(19)と文(20)の対照、及び、文(21)と文(22)の対照を以下のように説明できる。

(19) kodomo ga neru
(20) a.    kodomo wo ne-saseru
        b.    *kodomo ga wo ne-saseru
(21) kodomo ga ohagi wo taberu
(22) a.    ohagi ga tabe-rareru
        b.    *ohagi wo ga tabe-rareru
もし /ga/ が文法関係を特定すること以外の意味を持っていて、かつ、文(19)で、neru' の主語が kodomo' という意味をあらわしているのであったら、たとえば、文(20a)で、「ga」がなくて「wo」と「saseru」の働きだけで、たとえば、「ga-wo」のようにならないで、kodomo' が neru' の主語となっている事実と、語列(20b)のように、「ga-wo」と並べば、非文法的である事実とを説明できない。同様に、もし /wo/ が文法関係を特定すること以外の意味を持っていて、かつ、文(21)で、taberu' の目的語が ohagi' という意味をあらわしているのであったら、たとえば、文(22a)で、「wo」がなくて「ga」と「rareru」の働きだけで、たとえば、「wo-ga」のようにならないで、ohagi' が taberu' の目的語となっている事実と、語列(22b)のように、「wo-ga」と並べば、非文法的である事実とを説明できない。
    一方、後置詞は、その補語の名詞(その他、後置詞句や非定形補文標識句)の意味と、その句が修飾する動詞との文法的な関係以外の意味的な関係(述語的な意味、たとえば、/kara/ は from )を持っている。文(23)におけるように、/kara/ が文法関係を特定すること以外の意味を持っているので、たとえば、文(24a)で、「ga」と「areru」の働きだけで、文(23)中における 50 peezi' と yom' の関係 from' を表せず、文(24b)のように、「kara」を表さなければならない。
(23) kodomo ga 50 peezi kara yomu
        'A child reads from p. 50.'
(24) a.    #50 peezi-ga yom-areru
                'From p. 50 is read.'
         b. 50 peezi-kara-(ga) yom-areru
                'From p. 50 is read.'
これは、後置詞が、文法的な関係だけを持っているのではなく、意味を持っているからである。

2.2.対応する提題文の違い
    格形式と後置詞の違いは、その他、言語のいろいろな現象に関係している。たとえば、文(25)に対応して、文(26a)のように、また、文(27)に対して、文(28a)のように、名詞についた提題詞 wa を含む文があった場合、その文の真偽条件的な意味は、提題詞を主格、あるいは、目的格に置き換えた対応する文の真偽条件的な意味と同じである。

(25) kodomo ga neru
        'A child sleeps.'
(26) a.    kodomo wa neru
                'Talking about children, they sleep.'
        b.    *kodomo ga wa neru
(27) kodomo ga ohagi wo taberu
      'A child eats ohagi.'
(28) a.    ohagi wa kodomo ga taberu
               'Talking about ohagi, children eat it.'
        b.    *ohagi wo wa kodomo ga taberu
主格の格形式「が」の後ろに提題詞「は」を付けた語列(26b)は非文であり、目的格の格形式「を」の後ろに提題詞「は」を付けた語列(28b)は非文である。
    一方、たとえば、後置詞 kara を含む文があった場合、文(29)に対応して、文(30a)のように、また、名詞についた提題詞 wa を含む文があった場合、その文の真偽条件的な意味は、提題詞を後置詞 kara に置き換えた対応する文の真偽条件的な意味とは同じではない。
(29) kodomo ga 50 peezi kara yomu
        'A child reads from p. 50.'
(30) a.    #50 peezi-wa kodomo ga yomu
                'Talking about from p. 50, a child reads there.'
         b. 50 peezi-kara-wa kodomo ga yomu
                'Talking about from p. 50, a child reads there.'
後置詞 kara を含む文(29)は、後置詞の後ろに提題詞 wa を付けた文(30b)と真偽条件上同じ意味を持つ。
    その他、数詞プラス分類詞(単位を表す)(「子どもが本を3冊読んだ」中の「3冊」)が主格句か目的格句の数量しか特定しない現象や、「子どもの本の50ページからの読み方はよかった」中の「動詞〔現在分詞〕+かた(方)」句と「子どもが本を50ページから読んだ」との対応など、関連する現象がたくさんある。

3.日本語理論2:目的格形式「を」
    日本語文法理論:文法1(JG1)と意味論1が、たとえば、目的格句を含む文(31)を文であるとは予測しないことを確認しよう。

(31) kodomo ga ohagi wo taberu
ところが、母国語話者は、語列(31)を文であると判断する。つまり、理論:文法1と意味論1は語列(31)により反証される。 ここで、言語学者は、一方で、たとえば、目的格句を含む文(31)を文であると予測し、かつ、他方で、たとえば、目的格句を含む語列(32)を文ではないと予測するような文法をひらめき創らなければならない。
(32) *kodomo ga ohagi wo hukureru


(第1章のポパーの科学理論の性質で学んだように、お互いに矛盾が起こるような考えの集合ではなく、無矛盾で、そのもたらす結果を考え抜いた末、できあがる考えの集合、文法でなければならない)。少なくとも、単語「wo」や「taberu」が文法に必要である。
    文(31)と語列(32)に関するこれらの現象を正しく予測する中心的な考えは、動詞には自動詞 intransitive verb (VI) と他動詞 transitive verb (VT) があり、それらには違いがあり、自動詞は目的格句と共起して動詞句を作ったりできないが、他動詞は目的格句と共起して動詞句を作ることができるというものである。
    次のような日本語文法を文法2と意味論2として提案する。規則4と5にあるように、動詞を自動詞(VI)と他動詞(VT)に分ける。規則1は、主格句(NOMP)と自動詞(VI)とがこの順で列をなし、間に何もなければ、その列は文(S)をなすとしている。規則3は、目的格句(ACCP)と他動詞(VT)とがこの順で列をなし、間に何もなければ、その列は動詞句(VP)であるとしている。規則2によって、主格句(NOMP)と動詞句(VP)とが、この順で列をなし、間に何もなければ、その列は文(S)である。

(33)日本語理論
    文法2:
    規則1:    S -> NOMP VI
    規則2:    S -> NOMP VP
    規則3:    VP -> ACCP VT
    規則4:    VI -> hukureru
    規則5:    VT -> taberu
    規則6:    NOMP -> N NOM
    規則7:    ACCP -> N ACC
    規則8:    NOM -> ga
    規則9:    ACC -> wo
    規則10:    N -> kodomo
    規則11:    N -> ohagi
    意味論2:
主格の格形式は、その補語の名詞句(その他、後置詞句や非定形補文標識句など)の意味(=1項述語)の項位置を埋めて満たす個体が、その格句が修飾する(つまり、それといっしょに連結して文を作る)動詞の意味(=述語)の主語の項位置をも埋めて満たす。目的格の格形式は、その補語の名詞句(その他、後置詞句や非定形補文標識句など)の意味(=1項述語)の項位置を埋めて満たす個体が、その格句が修飾する(つまり、それといっしょに連結して動詞句を作る)動詞の意味(=述語)の目的語の項位置をも埋めて満たす。
目的語については第1章の最後のコラムと、本章のサブセクション1.2を見て欲しい。
    では、日本語文法2が語列「kodomo ga hukureru」、語列(32)「kodomo ga ohagi wo hukureru」、語列(31)「kodomo ga ohagi wo taberu」について正しく予測するかどうかを試験してみよう。(35)のようにして、日本語文法2は語列「kodomo ga hukureru」を文であると予測し、(36)のような意味を持つと予測する。
(34) kodomo ga hukureru
(35)
S,1
NOMP, 6
N, 10
kodomo
NOM, 8
ga
VI, 4


hukureru

(36) {x | child'(x)}という集合の成員の少なくとも一つの個体が、{x | swell'(x), where x is the subject slot of the predicate swell}という集合の成員である。(言い換えれば、{x | child'(x)}と{x | swell'(x), where x is the subject slot of the predicate swell'}との共通集合は空集合ではない。)
これは、この語列を文であり、この語列は子どもであり、膨れる人がいたら、この語列は真であるという母国語話者の判断と矛盾しないので、日本語理論2はこの語列によって、反証されない。(38)のようにして、日本語理論2は、語列(32)(=(37))を文ではないと正しく予測する。
(37)(=(32)) *kodomo ga ohagi wo hukureru
(38)
NOMP, 6
N, 10
kodomo
NOM, 8
ga
ACCP, 7
N, 11
ohagi
ACC, 9
wo
VI, 4
hukureru
ここで、たとえば、どの規則も目的格句(ACCP)と自動詞(VI)との列があったときに、文(S)により近い高次のカテゴリーとするという規則がなく、あるいは、主格句(NOMP)と目的格句(ACCP)と自動詞(VI)という列があったらそれを文(S)により近い高次のカテゴリーとするという規則がないからである。この予測は、この語列を文としない母国語話者の判断と矛盾しないので、日本語理論2はこの語列によって、偽とされない。(40)のようにして、日本語理論2は、語列(39)(=(31))を文であると予測する。この語列では、taberu が他動詞(VT)であるから、目的格句(ACCP)と他動詞(VT)とが列をなし、動詞句(VP)をなし、さらに、主格句(NOMP)と動詞句(VP)とが列をなし、文(S)をなすからである。
(39)(=(31))kodomo ga ohagi wo taberu
(40)
S, 2
NOMP, 6
N, 10
kodom
NOM, 8
ga
VP, 3
ACCP, 7
N, 11
ohagi
ACC, 9
wo
VT, 5
taberu
(41) {x | child'(x)}という集合の成員の少なくとも一つの個体が、{x | eat'(x)(y), where x is the subject slot of the predicate eat'}という集合の成員であり、かつ、このことが満たされていて、{x | ohagi'(x)}という集合の成員の少なくとも一つの個体が、{y | eat'(x)(y), where y is the object slot of the predicate eat'}という集合の成員である。(言い換えれば、{x | child'(x)}と{x | eat'(x)(y), where x is the subject slot of the predicate eat'}との共通集合は空集合ではなく、それが満たされていて、{x | ohagi'(x)}と{y | eat'(x)(y), where y is the object slot of the predicate eat'}との共通集合は空集合ではない。)
この予測は、この語列を文であり、その語列の意味が食べる人がいて、その人と子どもである人との共通集合があり、かつ、それを満たすような人が食べる人とで、その食べられるものとおはぎの強雨通集合があるとする母国語話者の判断と矛盾しないので、日本語理論2はこの語列によって、反証されない。