日本語学:文法と意味
2003年度講義ノート
第1章 科学理論としての言語理論
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1.言語理論
    言語理論は科学理論である(Chomsky1965)。

2.科学理論が、科学理論だけが、持つ性質(Popper1968)
    科学理論は予測を産む。科学理論は文の集合である。理論は以下のようにして演繹的に試験される。理論が予測を産むとは、理論内の文から、かつ、理論内の文だけから、論理的に、その予測が導き出されるということである。

(1)
理論
(P1&
P2&
...)
予測
(Q)
この図において、’P’と’Q’は真か偽である文だとして、’P→Q’は、「PならばQ」を意味し、QはPから論理的に導き出されることを意味する。
たとえば、理論が1)「太郎が走る」が文である。2)「花子が走った」が文である。3)「X」と「Y」が文であれば、「Xと、Y」も文であるという3つの文からなる理論があったとしよう。この理論から、「太郎が走ると、花子が走った」は文であると予測され、「花子が走ったと、太郎が走る」も文であると予測される。
    理論が産み出した予測と現象が矛盾するかどうかは、科学者の主観的な判断により、決められる。理論が産み出した予測と、現象が矛盾しなかったら、その理論は、その現象によっては反証されなかったということになる。
(2)
理論
(P1&
P2&
...)
予測
(Q)
   
=/=か、
あるいは=
 
現象
(R)

この図において、’P’と’Q’は真か偽である文だとして、’P→Q’は、「PならばQ」を意味する。「予測」「=か、あるいは=/=」「現象」は、科学者が予測と現象との間に矛盾がある(=/=)か、あるいは、無矛盾、つまり、矛盾がない(=)かを判断することを示す。

理論が産み出した予測と、実際の現象が矛盾したら、その理論は、現象によって、反証されたということになる。予測は理論から論理的に導き出されるので、対偶は同値であるから、もし予測が偽であれば、理論も偽であることになる。P->Q(PならばQ)に対して、-Q→-P(Qでないならば、Pでない)はお互いに対偶の関係にある。
(3)
理論(P1&P2&...)が反証される
予測が偽である(-Q)
予測
(Q)
       
||
/
||
       
現象
(R)
この図において、「予測=/=現象」は、予測と現象との間に矛盾があると科学者が判断したことを示す。
例の場合の理論[1)「太郎が走る」が文である。2)「花子が走った」が文である。3)「X」と「Y」が文であれば、「Xと、Y」も文であるという3つの文からなる理論]は、「太郎が走ると、花子が走った」が文であるという現象によっては、反証されなかった。「太郎が走ると、花子が走った」は文であると科学者が判断するからである。だが、この理論は、「花子が走ったと、太郎が走る」が文ではないと言う現象によって、反証された。理論は、これを文と予測したが、実際はこれは文ではないと科学者は判断するからである。
    理論が反証されたら、科学者は、現象を正しく予測することのできる新たな理論を直覚的にひらめき、その理論を明示的に記述しなければならない。例の場合だと、直覚的に、<1)「太郎が走る」が文であり、かつ、現在時制の文である。2)「花子が走った」が過去時制の文である。3)「X」が現在時制の文であり、「Y」が文であれば、「Xと、Y」も文である>という3つの文からなる理論をひらめくだろう。この理論だったら、「花子が走ったと、太郎が走る」を文ではないと正しく予測し、「太郎が走ると、花子が走った」を文であると、正しく予測する。すぐ直前に示したように、この理論も、同様に、このセクションで述べたように、演繹的に試験される。
    次のセクションで、節の中の単語を基に節を作るある文法を演繹的に試験してみる。

3.言語理論の演繹的試験
    言語理論は、科学理論であり、文で表された約束事の集まりである。たとえば次のような6つの規則から成る言語理論があるだろう:「文(Sj→主格句(NOMP) 動詞(V)」(主格句という種類に属する記号と、動詞という種類に属する記号とのこの順番に並ぶ列があり、その間には何もなかったら、それは、全体で、文という種類に属する記号である)という規則(1)、「主格句(NOMP)→名詞(N) 主格(NOM)」(名詞という種類に属する記号と、主格という種類に属する記号とのこの順番に並ぶ列があり、その間には何もなかったら、それは、全体で、主格句という種類に属する記号である)という規則(2)、「主格(NOM)→ga」(語「ga」があったら、それは、主格の種類に属する記号である)という規則(3)、「名詞(N)→ohagi」という規則(4)、「名詞(N)→kodomo」という規則(5)、そして、「動詞(V)→neru」という規則(6)。

(4)    言語理論:文法1:
規則1.S -> NOMP V
規則2.NOMP -> N NOM
規則3.NOM -> ga
規則4.N -> ohagi
規則5.N -> kodomo
規則6.V -> neru
いかなる言語理論も、言語についての現象を予測する。文法は、与えられた語列が文であるかどうかを予測する。すぐ直前の段落で与えられた言語理論、文法1が、語列(5)を文と予測するかどうかを計算してみよう。
(5)    kodomo ga neru
この文法は、語列(5)が文であると、以下のように、予測する。この文法は、規則5によって、kodomo を名詞と分析し、規則3によってga を主格と分析し、規則6によって、neru を動詞と分析する。さらに、それぞれは他の何の種類の記号とも分析されないので、他の分析はない。主格という種類に属する記号(nom)と動詞という種類に属する記号(v)の列を何かの種類と分析する規則は日本語文法1の中にない。名詞の種類の記号(n)と、主格の種類の記号(nom)の列は、規則2により、主格句(nomp)と分析される。主格句の種類の記号の列(nomp)と、動詞の種類の記号(v)の列とは、規則1により、文(s)と分析される。
(6)
s, 規則1による(以下、1と省略)
nomp, 2
n, 5
kodomo
nom, 3
ga
v, 6
neru
講義ノートで使われるこのような図は、樹形図でも表されうる。同文法が、語列(7)を文と予測するかどうかを計算してみよう。
(7)    ga neru kodomo
この文法は、語列(7)が文でないと、以下のように、予測する。この文法は、規則5によって、kodomo を名詞と分析し、規則3によってga を主格と分析し、規則6によってneru を動詞と分析する。それぞれは他の何の種類の記号とも分析されない。主格の種類に属する記号(nom)と動詞の種類に属する記号(v)のこの順番の列を何かの種類と分析する規則はこの文法にはない。また、動詞の種類に属する記号(v)と名詞の種類に属する記号(n)のこの順番の列を何かの種類と分析する規則もこの文法にはない。よって、同文法は語列(7)をこれ以上分析できず、文とは分析しない。
(8)
nom, 3
ga
v, 6
neru
n, 5
kodomo
ある文法がある語列を文であると予測するかどうかということと、実際の母国語話者がその語列を文であると判断するかどうかということとは、異なったことであり、次のセクションで議論される。

4. 理論の産み出す予測と、科学者によって、対照される現象:言語学の場合
    科学者(言語学者)が文法の予測と対照する現象は、母国語話者がその語列を文と言うかどうかという母国語話者の判断である。
    もし、科学者が提示した文法と母国語話者の脳の中にある文法とが完全に一致していれば、科学理論としての文法が文だと予測した語列を、母国語話者は常に文であると言い、科学理論としての文法が文ではないと予測した語列を、母国語話者は、常に、文ではないと言うだろう。ところが、科学理論としての文法は言語学者の研究により日進月歩しており、けっして、ある時点におけるどの文法も完全ではない。つまり、科学者が提示した文法と、母国語話者の脳の中にある文法とはけっして一致することがない。つまり、科学者の提示した文法が文と予測しているにもかかわらず、実際には、母国語話者が文と判断しない語列が存在したり、科学者の提示した文法が文ではないと予測しているにもかかわらず、母国語話者が文であると判断する語列が存在する。たとえば、語列(9)については、科学者の提示した文法、文法1は、文ではないと予測するにもかかわらず、母国語話者は文であると判断しなくもない。

(9)    neru kodomo ga
文法1は、規則6によってneru を動詞と分析し、、規則5によってkodomo を名詞と分析し、規則3によってga を主格と分析する。それぞれは他の何の種類の記号とも分析されない。動詞の種類に属する記号(v)と、名詞の種類に属する記号(n)とのこの順番の列を、何かの種類と分析する規則は日本語文法1にはない。名詞の種類に属する記号(n)と、主格の種類に属する記号との列は、主格句(nomp)と分析される。だが、動詞の種類に属する記号(v)と、格句の種類に属する記号(nomp)とのこの順番の列を、何かの種類と分析する規則は文法1にはない。よって、同文法は語列(9)をこれ以上分析できず、文とは分析しない。
(10)
v, 6
neru
nomp, 2
n, 5
kodomo
nom, 3
ga
ところが、ある母国語話者は、語列(9)を、たとえ書き言葉では使わないと言っても、くだけた会話においては、この語列を実際に使用するので、文であると言うかもしれない。語列(9)を同様に文だと判断し、語列(9)は、この文法を反証する証拠となるという科学者がいるだろう。
    もちろん、語列(9)は同文法の反証の証拠とはならないという私も含めた科学者もいるだろう。この後者のような科学者は、確かに、くだけた会話において、それが主節となった文でそれだけがその文をなすのであれば、語列(9)は語列(4)と同じ真偽条件的な意味を持つが、(11)と(12)の対照のように、文であれば生起しうる文脈「のです」の直前で語列(5)は生起しうるにもかかわらず、語列(9)は生起しないからである。
(11)    kodomo ga neru no desu
(12)    *neru kodomo ga no desu
この事実から、後者のような科学者は、語列(9)は文ではないとする他の母国語話者の判断を採用し、語列(9)を文であるとする母国語話者の判断を採用しない。このように判断することで、より多くの現象を説明するから、後者の科学者はこのように判断した。
    次に、語列(13)については、科学者の提示した文法は文ではないと予測するにもかかわらず、母国語話者は文であると判断する。
(13)    neru
文法1は、規則6によってneru を動詞と分析する。この語列は他の何の種類の記号とも分析されない。同文法は語列(13)をこれ以上分析できず、文とは分析しない。
(14)
v, 6
neru
ところが、母国語話者は語列(13)を、文であると判断する。よって、語列(13)はこの文法を反証する証拠となる。(15)と(16)の対照のように、文であれば生起しうる文脈「のです」の直前で語列(5)が生起するように、語列(13)も生起するからである。
(15)    kodomo ga neru no desu
(16)    neru no desu
このようにして、同文法が語列(13)が文ではないと予測するが、実際には、母国語話者は文であると判断するので、語列(13)は同文法の反証の証拠となる。こうして、科学者は、同文法を捨て、ひらめきを使って原理を見出し、新たな文法を提案しなければならない。語列(13)は、「代名詞省略」と呼ばれる日本語の現象で、このコースの主要なトピックとしては扱わないが、いろいろなところで触れる。

5.文法と意味論
    言語理論が意味論を備えておれば、その言語理論は、その文法が文であると予測した語列がどのような意味を持つかをも予測する。言語理論の演繹試験の予測と現象をまとめると次のようになる。

(17)
言語理論:

文法
 

意味論
 
 
 
 
 

 















 

予測:
文法は、与えられた語列が文であるかどうかを予測する。

意味論は、文であると予測された語列が、どのような意味を持つかを予測する。

=/= か、
あるいは =
現象:
文法:母語話者がその語列を文であると言うのか、それとも文でないと言うのか。

意味論:文であると言う語列がどのような意味を持つと母語話者が解釈するか。

文の意味は文の真偽条件であると仮定すると、意味論を含む言語理論は、ある世界(または状況)における文の真偽条件を予測するということになる。意味論を含む言語理論は、たとえば、「kodomo ga neru」という文が真である世界は、{x|kodomo'(x)}という集合の成員である少なくとも一つの個体が、{x|neru'(x)}という集合の成員であることを満たすと予測しなければならない。また、このような言語理論は、{x|kodomo'(x)}という集合の成員である少なくとも一つの個体が、{x|neru'(x)}という集合の成員であるような世界があったら、その世界では「kodomo ga neru」という文は真であると予測しなければならない。
    このコースでは、述語論理に従い、述語である動詞の意味は、n個の順序組(ordered n-tuples)(n = 0, 1, 2, 3, ...)の集合を意味し、述語である名詞の意味は1個の組の集合を意味すると仮定する。たとえば、名詞「kodomo」は、子どもであるものの集合{x|kodomo'(x)}を意味し、個体の2番が子どもで、個体の5番が子どもで、個体の103番がこどもであり、そのほかの個体は子どもではない場合は、{x|kodomo'(x)} = {個体2, 個体5, 個体103}を意味する。2項述語「sodateru」は、前者が後者を育てる2個の順序組の集合、つまり、順序対の集合{<x,y>| sodateru'(x)(y), where x raises y}を意味し、個体の1番が個体2番を育て、個体1番が個体1番を育て、個体25番が個体46番を育て、そのほかのどんな順序の組み合わせも一方が他方を育てない場合は、{<x,y>| sodateru'(x)(y), where x raises y}= {<x, y>| <個体1, 個体2>, <個体1, 個体1>, <個体25, 個体46>}を意味する。
    自然言語では、言語形式として格形式があったり、格形式が暗黙に使われたりし、格が文の意味を特定する上で大切な働きをする。格形式としては、主格(nominative)、目的格(accusative)、与格(dative)、位置格(locative)、奪格(genitive)などがある。主格以外の格については第2章で述べる。日本語では、それぞれの形式が実際に存在し、「が」が主格の格形式である。主格の格形式は、その補語である名詞句(その他、後置詞句や非定形補文標識句など)が、その格句が修飾する動詞の意味(=述語)の主語の項を特定する機能を持ち、それ以外の機能や意味を持たない。述語論理を使うと、文法1に以下のような格形式の意味論を加え、言語理論を作れる。
(18)    言語理論:
         文法1(=(4))
規則1.s -> nomp v
規則2.nomp -> n nom
規則3.nom -> ga
規則4.n -> ohagi
規則5.n -> kodomo
規則6.v -> neru
         意味論1:
主格の格形式は、その補語の名詞句(その他、後置詞句や非定形補文標識句など)の意味(=1項述語)の項位置を埋めて満たす個体が、その格句が修飾する(つまり、それといっしょに連結して文を作る)動詞の意味(=述語)の主語の項位置をも埋めて満たす。
「主語」の意味についてはこの章の最後にあるコラムを参照して欲しい。この文法1(統語論)と意味論1からなる言語理論は、、ある語列が文であると予測したら、その文であると分析した語列が、どのような意味を持つかを以下のように予測する。たとえば、この言語理論は、語列(19)(=(5))が(20)(=(6))のように文法上(統語上)分析され、それは文であると分析され、さらに、その文の世界における真偽条件が(21)であると予測する。
(19)(=(5))    kodomo ga neru
(20)(=(6))
 
s, 1
nomp, 2
n, 5
kodomo
nom, 3
ga
v, 6
neru
意味論1は、この語列が以下の次のような意味を持つと予測する。文法による分析(20)において、主格の格形式「ga」が取っている補語は名詞「kodomo」なので、{x | child'(x)}の項位置を満たす個体が、その格句「kodomo ga」が修飾する(つまり、それといっしょに連結して文を作る)動詞「neru」の意味、{x | sleep'(x)}の主語の項位置をも満たす。つまり、以下のようになる。
(21) {x | child'(x)}という集合の成員の少なくとも一つの個体が、{x | sleep'(x), where x is the subject slot of the predicate sleep'}という集合の成員である。(言い換えれば、{x | child'(x)}と{x | sleep'(x), where x is the subject slot of the predicate sleep'}との共通集合は空集合ではない。)
これは、母語話者のこの語列に関する判断と一致する。母語話者は、この語列が文であり、その文の真偽条件は、子どもがいて、その子どものうち少なくとも一人が、寝るという意味を持つと解釈するからである。
 
主語、目的語という言語学用語の英語での説明
The subject of a predicate describes either 1) the theme if the predicate is of the adjective or predicative noun + copular or 2) the actor if the predicate is not of that pattern, i.e., describes an action (or event). The object of a predicate, which describes an action (or event), desribes the undergoer of that action. If John drinks beer or /zyon-ga biiru-wo nomu/, then the actor of the drinking action is John, which is the subject of the predicate drink'(x)(y), and the undergoer of the drinking action is beer, which is the object of the predicate drink. If John is cute or /zyon-ga kawaii/, then the theme of the state is John, which is the subject of the prediate cute'(x).