第7章 議論:”受身”形態「(r)are;orare」

1)”受身”の形態
1)”受身”形態が補語として取る動詞が動詞基(Verb Base)である、つまり、/U/動詞の場合は子音で終わり、/RU/動詞の場合は母音/i/か/e/で終わり、不規則動詞の場合はそれぞれ/k/と/s/で終わると仮定すると、”受身”形態は、どのような音韻の列であると考えたらよいか。
(1a) 食べる /tabe-ru/ 'He will eat it'
(1b) 食べ /tabe/ '... eating it, ...'
(1c) 食べられる /tabe-rare-ru/ 'It will be eaten or is eaten.'
(2a) 読む /yom-u/
(2b) 読み /yom-i/
(2c) 読まれる /yom-are-ru/
(3a) 調査する /tyousas-u-ru/
(3b) 調査し /tyousas-i/
(3c) 調査される /tyousas-are-ru/
(4a) 来(く)る /k-u-ru/
(4b) 来(き) /k-i/
(4c) 来(こ)られる /k-orare-ru/
2)”受身”の形態の品詞分類
”受身”形態(たとえば(5)「食べられる」の「られ」)は、日本語の文法で助動詞と分類されることがあるが、助動詞という分類を認めない日本語文法においては、1)「い」形容詞(たとえば(6))、2)「な」形容詞(たとえば(7))、3)名詞(たとえば(8))、4)副詞(たとえば(9))、5)動詞(たとえば、(10))のうち、どれに属すると考えると、いいか議論しよう。
(5)    食べられる
(6)    おいしい
(7)    静かな
(8)    公園
(9)    ゆっくり
(10)    走る
3)”受身”の形態の品詞分類の下位分類
2)において”受身”形態が、助動詞という分類を認めない日本語文法において、どの品詞に属するかを議論した。答えは、「動詞」であった。次に、”受身”形態は、動詞のさらにどのような下位の形態類に属すると考えるといいかを議論しなさい。まず、”受身”形態の動詞「食べられる」が、「帰る」と同じ形態類(いわゆる/U/動詞)に属するとしたら、それぞれどのような形態になると予測されるか調べなさい。(11a)ー(11e)を参考に(12a)−(12e)を埋めなさい。
(11a)    猫が帰るということはない。
                'It is not the case that the cat will go back home.'
(11b)    猫が帰らないということはない。
                'It is not the case that the cat will not go back home.'
(11c)    猫が帰っ、困った。
                'We got in a trouble since the cat came back home.'
(11d)    猫が帰ります
                'The cat will go back home [Polite Style].'
(11e)    猫が帰りたがっている。
                'The cat wants to go back home.'

(12a)    ケーキが猫に食べられるということはない。
                'It is not the case that the cake will be eaten by a cat.'
(12b)    ケーキが猫に______ということはない。
                'It is not the case that the cake will not be eaten by a cat.'
(12c)    ケーキが猫に_____、困った。
                'We got in a trouble since the cake was eaten by a cat.'
(12d)    ケーキが猫に_____ます
                'The cake will be eaten by a cat [Polite Style].'
(12e)    ケーキが猫に______たがっている(比ゆ的使用)。
                'The cake wants to be eaten by a cat.'

次に、”受身”形態の動詞「食べられる」が、「食べる」と同じ形態類(/RU/動詞)に属するとしたら、それぞれどのような形態になるかそれぞれ調べなさい。(13a)ー(13e)を参考に(14a)−(14e)を埋めなさい。
(13a)    猫がケーキを食べるということはない。
                'It is not the case that the cat will eat the cake.'
(13b)    猫がケーキを食べないということはない。
                'It is not the case that the cat will not eat the cake.'
(13c)    猫がケーキを食べて、困った。
                'We got in a trouble since the cat ate the cake.'
(13d)    猫がケーキを食べます
                'The cat will eat the cake [Polite Style].'
(13e)    猫がケーキを食べたがっている。
                'The cat wants to eats the cake.'

(14a)    ケーキが猫に______ということはない。
                'It is not the case that the cake will be eaten by a cat.'
(14b)    ケーキが猫に______ということはない。
                'It is not the case that the cake will not be eaten by a cat.'
(14c)    ケーキが猫に_____、困った。
                'We got in a trouble since the cake was eaten by a cat.'
(14d)    ケーキが猫に_____ます
                'The cake will be eaten by a cat [Polite Style].'
(14e)    ケーキが猫に______たがっている(比ゆ的使用)。
                'The cake wants to be eaten by a cat.'

さらに、”受身”形態が不規則動詞「する」かあるいは「来る」と同じ類に属するとしたら、それぞれの”受身”形態はどのようになると予測されるか各自調べよう。

4)”受身”形態の統語・意味の節のパターン
次の(15)-(21)のaの節を補語として取る”受身”動詞は、どのような節(特定の格句のパターン)を取るかを考えよう。たとえば、たとえば、文(15a)「雨が降る」の動詞「降る」の節を補語として取る”受身”動詞「降られる」には、節のパターンとして、(15b)「太郎が雨にられる」がある。

(15a)    雨が 降る。
(15b)    太郎が 雨に られる
文(15b)が真であれば、その世界においては、文(15a)も真である。文(15b)で位置格名詞である「雨」は、文(15a)で主格名詞である。文(15b)における「太郎」は、文(15a)の表す出来事には現れていない要素で、文(15b)においては主格名詞である。文(16a)「太郎がおはぎを食べる」の動詞「食べる」の節を補語として取る”受身”動詞「食べられる」には、節のパターンとしては、(16b)「花子が太郎におはぎを食べられる」と、(16c)「おはぎが太郎に食べられる」とがある。
(16a)    太郎が おはぎを 食べる。
(16b)    花子が 太郎に おはぎを 食べられる
(16c)    おはぎが 太郎に 食べられる
文(16b)が真であれば、その世界においては、文(16a)も真であり、かつ、文(16c)が真であれば、その世界においては、文(16a)も真である。文(16b)で位置格名詞である「太郎」は、文(16a)で主格名詞である。文(16b)における「花子」は、文(16a)の表す出来事には現れていない要素で、文(16b)においては主格名詞である。文(16c)で位置格名詞である「太郎」は、文(16a)で主格名詞である。文(16c)で主格名詞である「おはぎ」は、文(16a)で目的格名詞である。文(17a)「太郎が犬にドッグフードを与える」の動詞「与える」の節を補語として取る”受身”動詞「与えられる」には、節のパターンとしては、(17b)「花子が太郎に犬にドッグフードを与えられる」と、(17c)「ドッグフードが太郎に犬に与えられる」と、(17d)「犬が太郎にドッグフードを与えられる」とがある。
(17a)    太郎が 犬に ドッグフードを 与える。
(17b)    花子が 太郎に 犬に ドッグフードを 与えられる
(17c)    ドッグフードが 太郎に 犬に 与えられる
(17d)    犬が 太郎に ドッグフードを 与えられる
文(17b)が真であれば、その世界においては、文(17a)も真であり、かつ、文(17c)が真であれば、その世界においては、文(17a)も真であり、かつ、文(17d)が真であれば、その世界においては、文(17a)も真である。文(17b)で位置格名詞である「太郎」は、文(17a)で主格名詞である。文(17b)における「花子」は、文(17a)の表す出来事には現れていない要素で、文(17b)においては主格名詞である。文(17c)で位置格名詞である「太郎」は、文(17a)で主格名詞である。文(17c)で主格名詞である「ドッグフード」は、文(17a)で目的格名詞である。文(17d)で位置格名詞である「太郎」は、文(17a)で主格名詞である。文(17d)で主格名詞である「犬」は、文(17a)で位置格名詞である。文(15a)-(17d)を参考に、文(18a)から文(22a)について考えよう。
(18a)    花子が 太郎の左腕を 洗う。(文脈:太郎が倒れて、左腕を擦りむいた。)
(18b)    ____________________
(18c)    ____________________
(18d)    ____________________
(18e)    ____________________

解答:
    (18b)    トムが 花子に 太郎の左腕を 洗われる
    (18c)    太郎の左腕が 花子に われる
    (18d)    太郎が 花子に 左腕を 洗われる

(19a)    花子が 太郎の鼻を 殴る。
(19b)    ____________________
(19c)    ____________________
(19d)    ____________________
(19e)    ____________________

解答:
    (19b)    トムが 花子に 太郎の鼻を 殴られる
    (19c)    太郎の鼻が 花子に られる
    (19d)    太郎が 花子に 鼻を 殴られる

(20a)    図書館に コンピューターが ある。
(20b)    ____________________
(20c)    ____________________
(20d)    ____________________
(20e)    ____________________

解答:
    (20b)    太郎が コンピューターに 図書館に あられる
    (20c)    *図書館が コンピューターに られる

(21a)    太郎の髪が 伸びる。
(21b)    ____________________
(21c)    ____________________
(21d)    ____________________
(21e)    ____________________

解答:
    (21b)    花子が 太郎の髪に 伸びられる
    (21c)    太郎が (太郎の髪に 伸びられる

(22a)    花子が 太郎の足に パンチを 与える。
(22b)    ____________________
(22c)    ____________________
(22d)    ____________________
(22e)    ____________________

解答:
    (22b)    次郎が 花子に 太郎の足に パンチを 与えられる
    (22c)    パンチが 花子に 太郎の足に 与えられる
    (22d)    太郎の足が 花子に パンチを 与えられる
    (22e)    太郎が 花子に パンチを 足に 与えられる

 上であげた”受身”動詞の文、(15)-(22)のb、c、d、eの文パターンがいくつあるか、以下の基準を使って、例文をあげながら、(23)から(26)に、まとめてみよう。下線部分の空欄を埋め、{}中のふたつのの選択肢のうちからひとつを選ぼう。被害の意味については次のセクションで詳しく議論する。
(23)    パターン1:「______________________________」 (24)    パターン2:「______________________________」 (25)    パターン3:「______________________________」 (26)    パターン4:「______________________________」
5)”受身”形態の統語・意味の節のパターンと被害の意味の必然性
i)”受身”動詞の主格句や位置格句が、”受身”が取っている動詞のどんな格句であるかのように解釈されるかという基準と、ii)文(27a)中の”受身”形態、「殴られ」の「られ」のような意味(日本語学で言われる「被害」の意味)を必ず持つか、それとも、文(28a)中の”受身”形態、「殴られ」の「られ」のような意味を持つ(つまり、「被害」の意味を持つ解釈もあり、持たない解釈もある)か、どちらであるかという基準を使うとよい。
(27a)    次郎が 花子に 太郎を殴られる。
(27b)    花子が 太郎を 殴る。
(27c)    Hanako punches Taro.
(27d)    Hanako punches Taro, and Jiro does not like it/Jiro suffers that.
(28a)    太郎が 花子に 殴られる。
(28b)    花子が 太郎を 殴る。
(28c)    Hanako punches Taro.
(28d)    Hanako punches Taro, and Taro does not like it/Taro suffers that.
文(27a)が真であれば、必ず、文(27b)が真であり、つまり、文(27a)中の主格名詞以外の部分で表される一つの出来事が成立する。さらに、主格名詞の表すものが、それ以外の部分で表される一つの出来事に対してある心理的な関係を持つ、俗に言われるように、「被害にあっ」ている。つまり、文(27a)は、(27c)だけではなく、それにさらに意味が加わった(27d)の意味を持つと解釈される。一方、文(28a)が真であれば、必ず、文(28b)が真であるが、文(28a)中の主格名詞を含んだ文(28a)全体で表される一つの出来事が成立する。主格名詞の表すものが、それ以外の部分で表される一つの出来事に対して心理的な関係を持つとは限らない、つまり、「被害にあっ」ているという意味があるとは限らない。これにより、文(28a)は、(28d)の意味をいつを持つとは限らず、、(28c)の意味しか持たないと解釈される。
    文(27a)のように、主格名詞の表すものが、それ以外の部分で表される一つの出来事に対して、心理的な関係を常に持つ、つまり、いつも「被害にあっ」ているか、それとも、文(28a)のように、主格名詞の表すものが、それ以外の部分で表される一つの出来事に対して、心理的な関係を持つとは限らない、つまり、「被害にあっ」ているという意味があるとは限らないかは、主格名詞を提題名詞にして、「ことを願った」とした表現を後ろにつけられるかどうかで診断できる。たとえば、文(27a)のような「被害」の意味が常にある場合は、主格名詞を提題名詞にして、「ことを願った」とした表現を後ろにつけると、(29a)のように、変に聞こえる。その意味を言いたければ、(29b)のように、目的格句を主格名詞句にしなければならない。
(29a)    ?次郎は 花子に 太郎殴られることを 願った。
(29b)    次郎は 花子に 太郎 殴られることを 願った。
一方、たとえば、文(28a)のような「被害」の意味があるとは限らない場合は、主格名詞を提題名詞にして、「ことを願った」とした表現を後ろにつけると、(30)のように、変には聞こえない。
(30)    太郎は 花子に 殴られることを 願った。