議論:奪格(Genitive)

日本語の「の」は奪格の格形式である。英語の 's や of に当たることが多い。

Q1)統語:名詞句(1a)と(1b)と、文(2b)に対した非文である語列(2a)と、非文の(4)と対照させた名詞句(3)を見て、「の」句(たとえば(1a)の場合だと、「夜の」という句)は、何と共起するか、つまり、どんな種類の言語形式といつも一緒に現れるかを議論しよう。

(1)    a.    夜の気温(名詞)
                e.g., 'the temperature at night'
              b.    日本の首都(名詞)
                'the captial of Japan'
(2)    a.    *こどもは 夜のこわいです。
                'Children are afraid of night.'
          b.    こどもは 夜がこわいです。
                'Children are afraid of night.'
(3)    スウェーデン人の騒がしく、国歌を歌ったカラオケ屋(名詞)
(4)    *スウェーデン人の騒がしく、国歌を歌った。

2)統語:名詞句(93)は、意味が曖昧な句である。どんな意味を持ちうるかを議論しよう。なお、「臨時」という単語が「臨時の人」という意味で使われうると仮定する。

(93)    若い社長の臨時の秘書(教科書48ページ)
何が「若い」かで、社長、臨時、秘書の3通りある:1)[若い社長]の臨時の秘書、2)[若い社長の臨時]の秘書、3)[若い社長の臨時の秘書]。1)の場合、「若い社長の」の修飾の仕方によって、さらに2通りある。3)の場合、[社長の」の修飾の仕方によって、2通りある。よって、名詞句(93)には、統語構造が違う解釈が、5通りある。

3)意味:「の」が後ろに付いた名詞は、「の」句が修飾する名詞とどんな関係にあるか、言い換えると、「の」句の名詞が修飾する名詞の何を特定するか議論しよう。

(94a)    たけしさんの
 e.g., 'Takeshi's mother'
(94b)    たけしさんの
 e.g., 'Takeshi's car'
(95)    赤ちゃんの
 e.g., 'a bear that is a baby,' 'the baby's bear'
(96a)    都市国家ローマのその都市の破壊
 e.g., 'Rome's destruction of the city,'
(96b)    都市国家ローマがその都市を破壊する。
 'Rome will destroy the city.'
「の」が後ろに付いた名詞が修飾する名詞の何を特定するかは、その名詞の意味的な性質によって、決まる。(96b)に対する(96a)のように、「の」句が修飾する名詞が出来事を記述する場合は、「の」が後ろについた名詞は、その出来事の主語か、目的語を特定する「の」句が修飾する名詞が出来事でない個体を記述する場合は、「の」が後ろについた名詞は、修飾される名詞の記述する個体の所有者か、あるいは、その個体そのものを特定する「の」が後ろについた名詞は、修飾される名詞の記述する個体そのものを特定する場合、「の」の意味は「である」の意味とほとんど同じである。

4)意味:3)で得た結論は、(97c)に対した(97a)(=(91))と(97b)についても成り立つか議論しよう。

(97a)スウェーデン人の騒がしく国歌を歌ったカラオケ屋
(97b)*スウェーデン人の騒がしく国歌の歌ったカラオケ屋
(97c)スウェーデン人が騒がしく国歌を歌ったカラオケ屋
3)で得た結論は、成り立たない。なぜなら、3)で得た結論によると、「カラオケ屋」は出来事ではなく個体を記述するから、(97a)において、「スウェーデン人の」は「カラオケ屋」の所有者か、あるいは、その個体そのものを記述するはずである。ところが、(97a)において、「スウェーデン人の」は、「カラオケ屋」の所有者か、あるいは、その個体そのものを記述しないで、それが修飾する名詞を修飾する節の述語の主語を特定しているからである。時間がある人はさらに「スウェーデン人の騒がしい国歌の歌い方」といった表現における「の」の働きを考えて欲しい。複合名詞、「動詞[現在分詞形]+方」では、「の」が後ろについた名詞は、その動詞の主語か、目的語を特定する。

5)統語・意味:文(98d)に対した(98a)と(98b)、さらに、文(98d)に対した(98a)と(98c)によって「の」のどのような統語上の性質が分かるか。さらに、どのような意味上の性質が分かるか議論しよう。
 

(98a)ウィンブルドンでのマッケンローのボルグとのたたかい(名詞)
    'the match of McKneroe against Borg in Wimbledon'
(98b)*ウィンブルドンでマッケンローのボルグとのたたかい(名詞)
(98c)*ウィンブルドンでのマッケンローのボルグとたたかい(名詞)
(98d)ウィンブルドンでマッケンローがボルグとたたかう。
「の」が取るのは名詞だけではなく、後置詞句も取りうるということが分かる。「後置詞+の」が、修飾する名詞の何を特定するかは、その後置詞句によって決まる。たとえば、(98a)では、「ウィンブルドンでの」は「たたかい」を修飾しているが、後置詞「で」によって、「ウィンブルドン」は「たたかい」が記述する出来事の起こる場所を特定している。

A1)「の」句は名詞と共起する。(91)では、「歌った」の主語が「スウェーデン人」であることから、「スウェーデン人の」という「の」句は「歌った」という動詞と共起しているように見えるが、(92)が非文であることから、(91)でも、「スウェーデン人の」は、「カラオケ屋」と共起していることが分かる。(91)では、形式と意味の不一致があり、「スウェーデン人の」は、「カラオケ屋」と共起しながら、意味においては、以下の4)で議論されるように、それが修飾する名詞を修飾する節の述語の主語を記述している。